ユーロ・ダンス・インプレッション

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歴代ポスターの前、ディレクターのモンタナリ氏
©Ch.Ruiz/Montpellier Danse

コロナだろうが、大雨が降ろうが、モンペリエ・ダンス・フェスティバルは絶対に行う! と強気の姿勢を見せていたディレクターのモンタナリ氏の言葉通り、6月23日から7月16日まで予定通り行われた。屋外劇場の天敵は雨。6月は雨が多く、会期前にも大雨が降ったためにディレクターは先の言葉を発したが、天候は回復し、一夜を除き無事に屋外公演は行われた。新人からベテランまで幅広い演目が揃い、7月8日からは映画やドキュメンタリーが上映された。とにかくこの状況下、無事に開催できたことを喜ぶべきだろう。
では、6月30日から7月3日までの滞在中に見た公演を紹介しよう。


6月30日

20時 シルヴァン・ウック「夜(Nuit)」
シルヴァン・ウック(Sylvain Huc) の「夜(Nuit)」をヴィニェット劇場(Théâtre la Vignette)にて。モンペリエの中心地コメディ広場からトラムで6駅、そこからさらに10分ほど歩いたところにある劇場だ。コロナ感染を防ぐため、チケットは電子チケットで、入り口で係員がピッと機械で確認。自由席だけれど、隣と1席空けての着席を指示された。今日から夜間外出禁止令が解除され、「公衆を受け入れる施設内における人数制限」も解除されているけれど、ソーシャルディスタンスは保たなくてはいけないということなのだろう。
数年前にアヴィニヨンのイヴェルナル劇場で、男ふたりがぶつかり合い、叩き合い、ドラマーもドラムを壊すのではないかと思われるほどの勢いで叩きまくった「Boys don’t cry」の印象を引きずっていたら、今回の新作「夜(Nuit)」は全く違うものだった。
四角い舞台を幕で三角形のスペースに仕切り 、3人が軽くスキップしながら輪を描いている。少しずつ動きが変化しながら下手から上手に移動し、そして動きをやめた。その後はふれあい、押し合い、体をくねらせる動きをベースに、3人が関わり合う。スローモーションでの会話にも見えるし、エロチックでもあり、いつの間にかひとりになった女の体に手が絡む。微妙に明るさを変える照明が、繰り返される動きをミステリアスにする。脈略のない夢を見ているようだ。
舞台を仕切っていた幕を吊り上げ、舞台前に置いてあったライトをゆっくりとホリゾントに向かって移動させ、彼らの姿はシルエットに変わっていった。それは夜明けに向かって夢が終わりを告げているようだった。
自身も踊り続けるけれど、時には客観的に作品を見るのも悪くないというウック。
次の新作の構想もあるそうで、今度は何を見せてくれるのか楽しみだ。


©Loran Chourrau

22時 モー・ル・プラデック「カウンティング・スターズ・ウイズ・ユウ」
モンペリエダンスの本拠地内にある屋外劇場アゴラで、モー・ル・プラデックの「カウンティング・スターズ・ウイズ・ユウ(女の音楽)/Counting stars with you(musiques femmes)」を所見。屋外劇場は陽が沈まないと照明効果が得られないので、遅い時間の開演となる。夜空を見ながらの観劇は気持ちが良い。
モー・ル・プラデックはジョセフ・ナジの後を継いで2017年よりオルレアンCCN国立振付センターの芸術監督を務めている。
音楽と身体の関係を追求している彼女の新作は、ダンサーが歌い踊る作品だった。と言ってもミュージカルではなく、通常なら録音された音楽を使うところをダンサーが生で歌うコンテンポラリー作品。研ぎ澄まされたアカペラの美しい歌声が夜空に舞ったあとは、現代音楽が流れ、しばらくするとリズムの強い音楽やラップに合わせて激しく踊ったりと、多彩な種類のダンスと歌が続く。歌は全てダンサー自身が歌っているわけで、リハーサルのビデオを見れば、歌の練習に励むダンサーの姿が映っている。 ダンサーは踊るだけではなく、様々な種類の練習をしなくてはならないのだ。最近の若いダンサーの身体能力の高さには目を見張るものがあって、バレエ、コンテンポラリー、ヒップホップとなんなくこなしている。80年代より表現方法が多様化しているからだが、それを当たり前にこなしていることに感心する。さらに内面の深さが加われば、非の打ちどころのないのないダンサーになるだろう。
最後には楽器を持ち出してのコンサートとなり、リズミカルな踊りと歌にノリノリの観客。大きなエネルギーをもらった。


©Alexandre Haefeli1


7月1日

18時 ジャンヌ・ガロワ「イネファーブル」
アゴラの中には屋外劇場の他にも公演が打てるスタジオがふたつある。そのうちのひとつ、モンペリエCCN(現在クリスチャン・リゾが芸術監督)の翼にあるスタジオ・バグウェイで行われたジャンヌ・ガロワの「イネファーブル/Ineffable」。イネファーブルとは、「言いようのないもの」という意味だが、作品は「言いようもなく素晴らしいもの」だった。
何が素晴らしいかというと、新たなものに挑戦して可能性を広げている彼女の姿勢。まず初めに目につくのが大太鼓。ただ打つのではなく、神聖なものとして日本のしきたりにしたがってバチを取り、向かい、打つ。そしてそこにちらりとフレンチテイストも加えているところがおしゃれだ。そしてチベタンホルンのような長い筒状の楽器をブォーと吹き、洋楽のホルン、シンセサイザー、ウインドチャイム などを録音して次々と音を重ねて曲を作ってしまう。ダンスに出会う前にコンセルヴァトワールで音楽を専攻した経験はしっかりと身についている。ダンスも、コンテンポラリーからヒップホップまで豊富なボキャブラリーで次々と展開し、同じ動きの繰り返しがひとつもない。しかも、シーンの質までガラリと変わる。早い動きだったりスローモーションだったり、金属パイプの樽型のオブジェの中でお茶目に踊ったり、シリアスだったり。一段高くなった舞台の下を回る照明もおしゃれ。場面に合わせた音楽もリッチで、交響曲からシャンソン、現代音楽にポップスと目まぐるしく変わる。あまりにもたくさんのことがありすぎて飽食気味ではあったけれど、次々と湧くアイディアを抑えきれなかったのだろう。ここに彼女の「今」の全てがあったと言えよう。ラストは大太鼓に戻り、神聖な儀式として終える。
太鼓を使うアイディアの由来を聞くと、日本で偶然に出会い、その後パリで太鼓のグループの指導を受けたという。コロナ禍により、ヴィラ九条山でのレジデンスが延期になってしまったけれど、今度日本に行ったらさらに太鼓の域を深めたいと目を輝かしていた。また、2018年に日本で創作した「リヴァース/Riverse」を、昨年フランスのダンサーで再構築したら、全く印象の違う作品になったとのこと。来年2月にパリのシャイヨー劇場での公演が予定されている。


©Laurent Philippe

20時 シャロン・エイアル&ガイ・ベアー「チャプター3:ブルタル・ジャーニー・オブ・ザ・ハート」
チャプターシリーズはエイアルの「今」を表しているのだそうだ。この日の朝にあった会見で、平和国日本に生まれて育った私には、戦争の絶えないイスラエルから、そしてコロナ禍で国境を越えるのも簡単ではない今日に、フランスのモンペリエで公演をしてくれることへの感謝のつもりで質問したのだが、配慮に欠けた言葉を発してしまったことを申し訳なく思う。ただ、政治的な話はしたくないと回答を拒む理由を丁寧に説明されたことで、彼女の状況がはっきりと伝わった。誠に申し訳なかったが、私には非常に重要なことだった。
この作品の衣装には赤いハートが描かれている。そしてダンサーたちも手や身体全体を使ってハートの形を作る。しかしこのハートは、私たちがカメラを前にして容易く作るハートとはレベルが違うのだ。作品の最初の方で、男性ダンサーが心臓の前で手を動かすシーンがある。まるでその体から心臓がぱっくりと口を開けて鼓動しているようだった。生きているのだ。生きているから心臓が動く。当たり前のことだが、彼らの国では生と死が隣り合わせ。今日も無事に生きていたという感覚で毎日を過ごしているのではないだろうか。リズムに乗って腰を振り、陽気に見えるけれど、その裏には生きているからこそここにいて、踊ることができるという強い思いが隠されているのだ。その証から発するエネルギーをひたすら肌に受け続けていると、日常のたわいもないことで文句を言う自分が情けなく感じられる。
エイアルの姿勢に強く感動した一夜だった。


©Stefan Dotter


7月2日

18時 ダイナ・アシュベ「Pour」
カナダの若き振付家ダイナ・アシュベは4作品を上演。このうちの「Pour」を。
真っ暗闇の中で聞こえる“あー”と言う声。少しずつ音程を上げ、これ以上高い声は出ないだろうというところまで上がった。歌のようだった声は時に叫び声にも聞こえる。やがて舞台前を行き来する人影が見えた。そして一瞬にして照明がつくと、上半身裸の女性が立ちじっと客を見つめている。やがて舞台中央に後ろ向きで座り、いくつかの動きをくり返した後に腹這いになり全裸になった。肘で床を叩いたり、体を打ちつけて音を出したり、絞り出すような声を出したりしているうちに身体が紅潮し変化していく。そこには女性としての美しさと醜さがあった。女性の体は美しいが、いくつかのポーズは決して美しいとは言えないし、腹の底から絞り出す声は美しさへの裏切りで、現実に引き戻される。しかしそこに「ありのまま身体」が見えるから面白い。アゴラ内のスタジオ・カニンガムにて。


©Daina Ashbee

20時 ディミトリス・パパイオアヌー「トランスヴェルス・オリエンテーション」
モンペリエの中心にあるコメディ広場から続く公園の奥に、巨大な赤煉瓦色の建物ル・コルムがある。その中のオペラ・ベルリオーズ、2,010席の巨大な近代建築の劇場で行われたディミトリス・パパイオアヌー「トランスヴェルス・オリエンテーション/Transverse Orientation」は、四次元の世界からタイムスリップしてギリシャ神話に突入したような痛烈なパンチを食らった作品だった。
妙に背の高い背広姿の人たちがひょこひょこ出てくるわ、梯子は次々と形を変えるわ、手品のように次々と変わるシュールな世界に冒頭から笑いと驚きの連続。寿命が切れる寸前の蛍光灯を直す作業などの日常の光景だけれど、何かが違う。ここには電源がないのに蛍光灯が点滅するような不思議な場所なのだ。そこに現れた牛。ナーバスになったり機嫌が治ったり、本物かと見間違えるほどの手捌きで牛を操る。そしてその腹から女が生まれた。そして次々と異次元の世界が広がる。上半身が人間の虫が這い(フェスティバルのポスター写真になっている)、牛頭の男はミノタウロスだろう、そしてボッティチェリの絵画を思わせるヴィーナス。紅一点の女性ダンサーがこのイメージにぴったりなのも驚きだ。かと思えば簡易ベッドに身を任せて倒れ込んだり、女は水が噴き出す噴水になったり、ドアの入り口から次々となだれ込むブロックを積み立て、それを転がしながら競走したり。間髪入れずに次々と起こる出来事を、ただ唖然として観ているような状態だった。そして、台を並べて高くなっている舞台をどんどん崩し、まるで地震で建物が崩れた後のように瓦礫化した舞台の向こうに、湖と山が見える景色で幕を閉じる。この台を移動する時間が、それまでの展開に比べて異常に長く感じられたのだが、だからこそ最後に見えた自然の美しさに心が和んだ時、これがエーゲ海だったのかと気づく。ギリシャ神話を模し、自然への回帰を促す。長い時間をかけてこのビジュアルを作り出したのは、歴史の長さを暗示すると同時に、人間が作り上げたものを壊し、自然に戻すのにかかる時間の長さを示唆していたのではないだろうか。面白おかしいだけのように見えるけれど、実は至る所にメッセージが隠されているという見事な演出。


©Julian Mommer


7月3日

16時 カラム・ナトゥール「ビデオ」
ベジャール室は、チャペルだったところを改装して主に展示や講演会場として使われている。天井が高く白い壁はそのままスクリーンになるので、映像の展示には適している。
ナザレス生まれの映像作家カラム・ナトゥールのビデオ作品を見た。これがなんともくだらないことを真面目にやるシーンの連続で、笑うやら呆れるやら。ペットボトルの下の方に穴を開けて、そこから噴き出す牛乳を兄弟が対面して飲むとか、絨毯の上に四つん這いになったふたりの息子に、ソファーに座って対面する母親が動物の名前を告げると、その動物の鳴き声をふたりで真似するとか、よくもまあそんなことを思いつくものかと感心するほど滑稽な映像が延々と続く。カラムのアイディアもすごいが、母親はもっとすごい。カラムのくだらない質問に真面目に答え、受けを狙うでもなくにぶっきらぼうに答える。それが全く自然で超面白い。やる気があるようなないような、でも密かに楽しんでいることがちらほら感じられる。この母にして息子あり! なのだ。一見馬鹿げた映像に見えるけれど、ずっと見ていたらハマってしまった。ここまでやればすごいかも。特に母親の演技は必見。


©Karam Natour

18時 ダイナ・アシュベ「ラボリウス・ソング」
身体を通して潜在意識を追求するダイナ・アシュベは、1作品だけ男性に振り付けている。その「ラボリウス・ソング/Laborious song」をモンペリエ・ダンス本拠地のアゴラから徒歩で5~6分ほどのところにあるアンガー劇場(Hangar Théâtre)にて。
対面状の客席の間に設けられたステージの縁に沿って横に一歩ずつ移動する全裸の男。この移動が延々と続く。時々止まり、また歩き、やがて床に足を叩きつけるかのように足音を立てて歩き始めた。オーと腹の底から声を出したあとはだらりと全身を緩め、天井を見つめ、膝を抱えてしゃがむ。いくつかの動きが繰り返される中、えびぞりになって床に身体を叩きつける動きの連続が印象的だった。身体は汗で光り、紅潮していくとともに、緑色の照明が舞台を走り、トランスに陥ったかのように叫び始めた。そこに大雨、濁流の音。真っ暗闇の轟音に叫び声がかき消される。濁流が去った後に鳥の声が響き、静かな時が戻った。それはまるで熱帯雨林の中にいるような感覚だった。
全裸で体の美しさを見せる作品は数多ある。そんな中でアシュベはその向こうにあるもうひとつの世界を見せることに成功している。


©David Wong


今年はイスラエルからバットシェバ舞踊団、シャロン・エイアルを、ギリシャからはドミトリス・パパイオアヌー、カナダのダイナ・アシュベはコロンビアのダンサーを起用するなど、コロナ禍での移動は簡単なものではなかったと思うが、上演を決定したフェスティバル側と、それを受け入れたカンパニー側に感謝したい。
この他、アンジュラン・プレルジョカージュ、クリスチャン・リゾ、サリア・サヌー、4月からパリ・シャイヨー国立舞踊劇場の芸術監督に就任したラシド・ウラムダンなどが招聘された。
劇場以外では、カデル・アトゥがモンペリエ市内とその近郊で路上パフォーマンスを行ったほか、映画などの上映も行われた。

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