ユーロ・ダンス・インプレッション

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ⒸTatianna Wills

昨年9月に行われるはずだったリヨンのダンスビエンナーレが、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏で2021年5月26日から、リヨン市とその近郊では6月1日から16日まで開催された。コロナ禍により劇場閉鎖が続き、1年先の状態が全く見えない中で、早々に5月末の開催を公表していたが、その日程を変更することもなく、無事に行われた。

4〜5千人の一般市民が振付家の作品を踊りながら街を練り歩く大イベントの恒例のデフィレは、残念ながらフルヴィエール(古代劇場)の屋外劇場での上演となったが、コロナ禍にも拘らず多くの人で賑わった。また、リヨンとその近郊都市の劇場以外に、今回初めてアートビエンナーレの会場を使ったのが新鮮だった。リヨンのビエンナーレは、現代アートとダンスが隔年で行われており、巨大な空間が現代アートとダンスでどう変わるのか、興味津々でリヨンに向かった。

リヨン市内を見下ろす古代劇場に設置された屋外舞台。コロナ感染拡大に伴い、ワクチン接種証明書か72時間以内の陰性証明書の提示が求められ、座席も隣人と1席空けての着席。23時以降の外出禁止令があるために、30分早めての開演故に、前半の照明効果は屋内劇場とは違うものだろうと思っていると、黒のスーツに身を包んだ男8人がゾロゾロと舞台に登場して、一列になって正面を向いた。アフロヘアーや坊主頭の男たちは、つまらなそうな顔をして突っ立っている。申し訳ないが、どう見てもこれから踊る雰囲気ではない。すると歌い出した。これがまた音程バラバラで、この直前に見た「ミュイット・メーカー」の美しい女性のアカペラとは大違いだ。これまたどう転んでも「美しい」とは言えず、そのぶっきらぼうさが滑稽でもあった。どうなるのかという不安をよそに、ひとり人が体を揺らして踊り始めたら、一気に引き込まれた。

アフリカといえど、多くの国が存在し、国によって言葉も文化も違う。そのことがはっきりと見えたのだ。ここにはアフリカの6カ国をルーツとするダンサー8人がいる。皆肌の色が同じで、衣装も同じだけれど、踊り出したら全く違う。民俗舞踊、ヒップホップ、ブレイクダンス、クランプ、ラップにカポエラ。種類も多いが、同じ踊りをしても踊る人によって印象が異なるのは、背景にそれぞれの文化があるからだろう。

アメリカ人、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人。十把一絡げで人は言うけれど、ひとつの大陸に多くの国があり、国ごとに異なる文化が存在し、さらに細かく見れば地域ごと、そして行き着くのは個人。この作品でナジは、個人が持つ個性を尊重することの重要性を言いたかったのではないだろうか。(6月10日フェスティバル・レ・ニュイ・ドゥ・フルヴィエール/古代劇場)


ⒸPaul Bourdrel

「とにかく見て」と噂に聞いていたが、「こんなの初めて」と言うのが印象。3人のダンサーと歌手の4人の女性による声の祭典だった。

暗闇に浮かび上がった顔と膝から下の白い足。胴体部分は見えないからちょっとオカルト的。髪は花で飾られているのに、三つ編みに編んだ先はロープで天井に釣り上げられ、その先には斧やハサミがぶら下がっている。美女に誘われて舞台に上がったら、その斧やハサミで体を切り刻まれる魔女の館なのではないかと思ったりして。しかしそれは全く違って、4人の女性の美しいアカペラに魅せられたのだった。

長いテーブルに並んで座った4人の女性の誰かが声を発しているのだが、腹話術のように唇をほとんど動かさないから、声や美しいハーモニーがどこからくるのかさっぱり見当がつかない。低い声から高い声、太い声から細い声と、ありとあらゆる音が出てきてまさに音の百変化。髪が天井にロープで固定されているから、位置が入れ変わる以外の移動はほとんどないのに、歌のうまさと声の響きの面白さ、テンポの良い動きとサクサクと展開する構成の面白さにあっという間の1時間。あまりの歌のうまさに全員が歌手かと思ったら、3人がダンサーで歌手はひとりとは驚きだ。小気味良い公演に、観客は大満足の笑顔でいっぱい。(6月10日テアトル・ヌーヴォー・ジェネラシオン)


ⒸBruno Simao

同性愛者のあらわな映像や、ラヴェルの「ボレロ」のフレーズの一部を延々と繰り返し、15人の女性ダンサーが棒の周りをグルグル回りトランスに陥る「レヴォリューション」、全裸での群舞「Tragédie/悲劇」など、前代未聞の作風で注目されたオリヴィエ・デュボア。今はエジプトのカイロにどっぷりとハマっているそうだ。

そのカイロのヤンキーたちを連れての公演は、無法地帯、限度を知らない若者の暴力と遊びが混沌とする街にいるような雰囲気で始まった。しかもここは元工場のユージーン・ファゴールのどでかい会場。ステージの後ろに大きなネオンがあり、その向こうに8人乗りの白いバンが停車していて、若者がたむろしている。やがてマイクを持ち出してノリノリで自己紹介を始めた。やたら音量がでかいし、がなりたてるし、客をナンパするしで、統制なしのぐちゃぐちゃ。カタコトのフランス語で挨拶して笑いを誘った後は、エジプト語で喋りまくり、これがダンス作品かと疑いたくなる。カイロの街でたむろす若者を連れてきてイベントをさせているだけではないか。あまりの騒音に入り口で配っていた耳栓をもらうべきだったと後悔するも遅し、席を立って帰ろうにも通路までは程遠い位置にいることもあって、ここは我慢して見届けるしかないと諦めた。

仲が良いふりをしながらいじめているのかからかっているのか、相手を投げ飛ばし椅子を蹴飛ばしながら走り回り、カオスそのもの。一体何をやりたいんだか。それでも踊り出せばかなりのテクニックはあるし、ラップも歌も上手い。ものすごい勢いで歌って踊って暴れまくる。疲れ知らずのエネルギーはすごい。それは認めるが、若者たちが好き勝手にやりたいことをやっているだけじゃないか。そのうち煙がもくもく会場を覆い尽くして、人の姿も見えないほどになった。これは踊りか暴動か。と思ったその時、自分がすっかりこの作品に引き込まれていたことに気がついた。めちゃくちゃに見えた彼らの動きは、念入りに構成されたものだったのだ。なんというエネルギー、なんという構成! この巨大なスペースを活かした演出も見事。またもやデュボアの罠にはめられた。(6月11日ユージーン・ファゴール)


ⒸBlandine Soulage

独特の作風で注目株のマレーネ・モンテイロ・フレイタス。新作はその名もズバリ「MAL」。「マル」とは災い、不幸、痛み、苦労、不都合、悪事など、決して好意的な意味を持つ言葉ではない。しかし、それは日常に蔓延している。数年前に目撃した暴力がこの作品の引き金になっているという。

ボーンボンボンという音が聞こえる。幕が開けば、舞台奥のネットの向こう側でバレーボールをする人たち。その前に立ちはだかる大きな雛壇の横に銃を持った憲兵が仁王立ち。人形かと思ったらロボットのようにぎこちない動きをして歩き出した。バレーボールを楽しむ人と、このロボット人形の世界は異次元のようだ。ところが、太鼓と叫び声が合図となってバレーボールをしていた人たちがこの領域に入ると、皆ロボットのような動きになってしまう。モンテイロ・フレイタス独特の動きだ。ひな壇の最上部には王冠を被った人が構え、ヒエラルキー社会を模し、皆が揃って着ている濃紺の服が裁判官を連想させる。忙しなく動く人々を見下ろす王冠の人。白い旗と軍隊のような敬礼は、独裁者国家を連想させ、人々は感情のないロボットのように動き移動する。そして鳴り響いた空襲警報のサイレン。

次々と展開するシーンのどれをとっても「どこかで見たことのある」場面で、鋭い人間観察力はさすが。全員が一斉に紙でオブジェを作ったり、日常の行為をする場面では、それぞれの国の習慣や個性が国際社会に繋がる巧みな演出。誇張された動きが滑稽で笑いを誘うも、その裏に見える残虐性にゾクっとする場面も。多様なジャンルの曲が流れては消え、時代の流れと音楽の豊さを感じさせる一方、ザッピングをしながら聞き捨てるような消費社会への批判をしているようにも感じた。

世の中悪いことばかりではないけれど、ここに描かれた状況は少なからず嘘ではないだろう。誇張され、滑稽に描かれているけれど、その裏に見えるモンテイロ・フレイタス独自の風刺にずしりときた。(6月12日TNP)


ⒸPeter Hönnemann – Kampnagel

https://www.labiennaledelyon.com/l-experience-fagor

さて、ビエンナーレの会場のユージーン・ファゴールでの「エクスペリエンス」は、展示を含めて11のプロジェクトが用意されていて、予約さえ入れれば全て無料で見られるという懐に優しい企画。コロナ禍で人数制限があったこともあり、予約は早くから埋まった。

会場はリヨンの7区、中心地からメトロで少し南に下ったところにある。工場だった場所が2017年より文化施設として再オープンし、2019年から現代アートビエンナーレの会場になっている。そこを今年はダンスビエンナーレでも使うことになったのだ。

アート展を準備する報道番組を見ていたので想像はしていたが、実際に見るとその空間の大きさに圧倒される。この大きな会場を幕で3つに仕切っているので、別の作品の音が微かに聞こえることもあったが、劇場空間とは違うスペースは好評だった。

クリストフ・アレブの「ENTROPIC NOW」は一番広いスペースを有効に使い、展示と映像を含めたパフォーマンスを行った。黒のビニールシートで作った大きなテントの下に、いくつものスクリーンを置き、若者の姿を映し出す。ジャグリングをしながら、あるいは踊りながら、あるいはカメラに向かって今感じていることを語り、自分を映し出す。

パフォーマンスでは、リヨンの若者たちが展示の内外を走ったり踊ったり。ローラースケートで参加する人もいて、構成は決まっているものの、自由に表現ができるようで、それぞれの個性的な踊りに、将来のスターが出る予感。自己表現をする楽しさを味わう若者たちの姿が眩しかった。(6月11日)


「ENTROPIC NOW」ⒸBlandine Soulage-Rocca

若手で注目されている振付家のひとりノエ・スーリエは、2020年7月からCNDCアンジェ国立コンテンポラリーダンスセンターのディレクターを務めている。今回は、アンジェ国立高等コンセルヴァトワールとリヨン国立音楽舞踊高等コンセルヴァトワールの生徒32人による「リムーヴィング・リセット」を発表。20分の作品とはいえ、巧みな構成に満足度十分。

最初にひとりが一連の動きをすると、もうひとりが参加して踊り、ひとりが捌けると別の人が出てきて参加するというリレー式で、ソロ、デュエット、グループ、そして総出演と、さまざまな形で展開していく。動きは、一言で言ってしまえばポーズの連続、あるいは瞬発的な動きが多く見られ、空間の広がりを感じることは少なかったが、それぞれの動きに個性が見えて面白い。似ているようで皆違うのだ。また、相手に触れないコンタクト、つまり他者には直接触れないけれど、複数の相手の動きに反応する空気を介したコンタクトが面白く、新たなコンテンポラリーダンスの方向性を示してくれる予感。(6月11日)


「リムーヴィング・リセット」ⒸMICHEL CAVALCA

フォーサイスのクリエーションで出会ったというブリゲル・ジョカ(Brigel Gjoka)とラフ・ヤシット(Rauf“RUBBERLEGZ”Yasit)。意気投合して創り始めた「お隣さん−パート1/Neighbours」は、フォーサイスの手が加わった作品だ。この作品の面白さは、異なるタイプのダンサーふたりの掛け合い。ジョカはバレエが基礎のコンテンポラリーダンサーで、するすると回転し、音もなくジャンプする。まるで羽毛が舞っているかのような軽やかなダンスに目を見張った。一方のヤシットも滑らか穏やかヒップホップダンスで見せる。日常の会話が踊りで表され、「これ、どう思う?」「悪くないけど、こんなのは?」というような会話が聞こえてきそうなダンス。完成版は2022年3月だそうで、どこまで対話が広がるかが楽しみだ。(6月11日)


「お隣さん−パート1/Neighbours」ⒸFlorian Trioux

前回のビエンナーレに初登場した「ダンサトン」。ダンスはテクノロジーとともにどこまで発展するのかがテーマのコンクールで、優勝したエリック・ミン・クォン・カスタンのプロジェクト「Vibes」がStudio Orbeの協力を得て見事に実現した。参加者は貸し出された携帯電話を腕などに固定して、イヤホンを通して指示される動きをする。見ている側には聞こえなくても、動きがどんどん変わっていくのがわかるし、ひとつの指示が人によってこうも変わるものかと、興味深く見た。参加者は一般人だから、踊りのテクニックはないかもしれないけれど、想像と創造力は無限大。「Vibes」で体を動かしながら創造する楽しみを、ひとりでも多くの人に経験してもらえたら良いと思う。今回指示を出したのは、今話題のナッシュ。(6月12日)


「Vibes」ⒸRomain Tissot

大群舞で見せたのが、サイド・レルー(Saïdo Lehlouh)の「アパッチ」。22人のプロと45人のアマチュアがひとつの舞台で踊りあう。マイクを持ってラップを歌う歌手の周りに数人が位置していたら、そこへ大勢が入場して所狭しと踊りまくった。皆自由に移動して踊っているように見えるけれど、構成はきっちりされていて大きな流れが見えるところが奥深い。ヒップホッパーのエネルギーと、若き振付家の才能に手応えを感じた。


「アパッチ」ⒸBlandine Soulage-Rocca

現在国立振付センターCCN レンヌ・ブルターニュを取り仕切るグループ集団「FAIR-E」のメンバーのひとりのレルー。2018年に初めて作品を作ったという若者だけれど、ヒップホップ歴は15歳からという。若い世代に活動の場を与える国と、それに応える若者たち。こうしてダンスはどんどん発展してくのかと納得した。(6月12日)

ティエリー・テュー=ニャングの「インウイ」は、エントランスホール全体を使ってのパフォーマンス。トランペッターの生演奏とともに6人の若いダンサーがステージから始まり、ホールに飛び出して踊るのだが、広大なホールに6人が広がると、繋がりが見えにくくなってしまうのが少し残念だった。この作品は劇場版の方があっているかもしれない。(6月12日)


「インウイ」ⒸBlandine Soulage

展示も興味深かった。イルヴァン・アネ(Irvin Anneix)の「将来の自分へ/Cher futur moi」は、若者たちが自撮りで今思っていること、あるいは将来の夢や世の中について話すビデオで、若者の今を直に伝えていて興味深かった。

超人気だったのが、ピエール・ジネの「I-ダンス」。円筒形の密室で自分の体の3Dを撮ってもらうと、なんと自分のアバターが振付家の作品を踊るのだ。そしてこれがネット配信される。共有することも、ひとりで密かに楽しむことも可能のバーチャルダンス。

フランソワ・シェニョー、ボリス・シャルマッツ、ジゼル・ヴィエンヌ、ラシド・ウラムダンなど、著名なアーティストの振り付けを、自分とチョイスしたキャラクターのアバターをが踊るのだ。ヒップホップなどの実際には到底できそうにないテクニックをする自分に思わず歓声をあげたりして盛り上がっていた。今後はバーチャルダンスが主流になるかも?

「i-ダンス」のURLはこちら。

その他ではロビン・オーリン、ディミトリス・パパイオアヌー、ユヴァル・ピック、リヨン・オペラ座バレエ団、マルセイユ国立バレエ団、ティエリー・マランダン、ジョゼ・モンタルヴォなどの話題のカンパニーが名を連ね、久々の劇場公演を楽しむ観客で盛況だった。

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