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速報! 2020年12月13日、ポール・マルクがエトワールに!
詳細は文末で!

「10月30日から再び外出禁止です」と2日前の夜に発表された。3月の時は発表4時間後に飲食店の閉鎖命令だったから、今回は1日の余裕があるものの、やはり混乱は免れなかった。発表後の国鉄の予約サイトはパンクし、翌日はパリ郊外へ向かう道路は渋滞。伊藤郁女と生田ヨシの「絹の鼓」は初日が楽日になった。
パリ・オペラ座は踏んだり蹴ったりだ。昨年から春にかけてのストライキに続くコロナ第一波の劇場閉鎖で多くの公演が中止に追い込まれ、さらに改修工事のためにバスティーユ・オペラは11月から、ガルニエ宮は来年からの開幕となっていたのを、新総裁が予定を変更してガルニエ宮の幕前での演奏会とダンス公演を9月から開始。ソシアルディスタンスを取るために50%の客入れで公演を行っていたものの、再度の外出禁止令で再び劇場閉鎖。11月4日から28日まで予定されていた「コンテンポラリープログラム」のリハーサルは最終段階に入っていたのに、全く上演の見込みがなくなってしまった。しかし、こんなことで挫けるパリ・オペラ座ではなかった。11月13日に有料でライブ配信をしたのだ。この日を選んだのは、2015年のこの日に起こったパリ同時テロの犠牲者にオマージュを捧げるためでもあった。アクセス5千件。これを多いと見るか、少ないと見るかはそれぞれの意見があるけれど、たかだか4.45ユーロ(約550円)とはいえ、夏前の無料配信に慣れていれば財布の紐は硬くなる。48時間リプライ可能でこの値段は安いと思うのだが。この後、多くの劇場が有料配信に踏み切ったことを見れば、オペラ座の有料配信は成功だったと言えよう。
ライブ画面の横にチャットのメッセージが次々と流れてくる。気が散るけれど、観客の生の声が読めるのもなかなか面白い。電波のせいか画面が動かなくなり、その後「アクセスできません」の表示が出たときには慌てたが、どうやら私だけではないようで、再起動方法を教えてくれる人がいて助かった。ライブの画面が途切れても、リプライ可能なので翌日見れば滞りなく画面は流れる。やはり支払っただけのことはあるのだと納得。
このライブはなかなか手の凝ったものでヴァーチャル感覚なのだ。ガルニエ宮正面から入って大階段を登り、オーケストラ席へ向かう。関係者しかいないけれど、廊下にも客席の蛍光灯で作った人形が迎えてくれる。みんなポーズが違って、立っている人もいるしふたり連れもいる。さすがオペラ座、おしゃれ〜。


蛍光灯で作った人形。さまざまなポーズが楽しい

そして画像は突然リハーサル室へ。舞台に立つ前のダンサーたちの様子が見られるとは!そして、踊り終わった後のダンサーもアップで映る。工事のためなのか、廊下に仕切りを作った簡素な楽屋で公演後に寛ぐ姿など、通常の公演では見られない光景が新鮮だ。オレリー・デュポンバレエ芸術監督もマスクをして労っている。

本来は4人の振り付け家による公演だったのだが、ダミアン・ジャレ以外の3作品が上演された。

まず最初がシディ・ラルビ・シェルカウイの新作「EXPOSURE」。衣装はモノトーンでシンプルだけれど洗練レベルはさすがシャネルと唸る。マルク・モローだけが白のスーツなのでメインだとわかる(最後は彼のソロで締める)のだが、シモン・ル・ボルニュが素晴らしくて目が離せない。動きが人一倍ダイナミックなのだ。上体を回すにしろ、移動するにしろ、動きが全て人一倍流動的で広がりがある。フォーサイスがフランクフルトバレエ団の監督だった頃のダンサーを彷彿とさせるほどで、これからどこまで伸びていくのかが楽しみになる。サブのメインとして踊り、マリオン・バルボーとのデュエットも息がぴたりと合っている。カメラマンがダンサーの間に立ち、その映像が実況で両サイドの画面に映し出されるのだが、チャットでは「じゃま!」という声が多く、実際の舞台で見る効果と画面での違いを認識させられた。Woodkidの最新アルバムからの生演奏と凝っているが、画面ではダンサーのエネルギーが直接感じられないことや、カメラアングルでしか見られないこともあり、テーマが明確に見えてこなかったのが残念だった。


「EXPOSURE」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris


「EXPOSURE」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris

次がテス・ヴォルカー(Tess Voelker)振り付けの「クラウド・インサイド/Clouds Inside」。ダンサーがリハーサル室から長い通路を通って舞台に向かう映像で始まる。オペラ座の内部はこうなっていたのか。
ところでテス・ヴォルカーって誰? 弱冠23才のアメリカ人で、現在NDTのメンバーだ。2016年にユースアメリカンでグランプリを受賞したのち、ドイツを経てNDT2に入団。2020年からはファーストカンパニーに昇進している。シェルカウイ同様、振付家が語り踊る映像が興味深い。ダンサーとしても面白いものを持っているし、振付家としても期待できそうだ。

「クラウド・インサイド」はマリオン・ゴティエ・ドゥ・シャルナセとアントニン・モニエのデュエット。うたた寝をしていた女の子のところに現れた天使が、いつもの光景を新鮮にしてくれたというような感じのさわやかな作品だった。

動画はこちら

マッツ・エクとイリ・キリアンを彷彿させるような振り付けとはいえ独創的で、ニック・ドレイクのリズミカルな音楽とダンサーの雰囲気が見事に溶け合っている。まだカドリエのふたりだけれど、めちゃいい。ダンサーも振付家も、パリ・オペラ座の新人発掘の腕は見事だ。


「Clouds Inside」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris


「Clouds Inside」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris

最後はメディ・ケルクシュの「ET SI」(直訳は「そして もし」)。ケルクシュは春の外出禁止令中に投稿した動画で一躍ブレイクしたヒップホップのダンサー/振付家。

これがそのビデオ

これが第2弾

6年前のビデオクリップ

「まさか彼がオペラ座に?」と多くのメディアが取り上げられてさらに話題になった。プライベートも隠さず、コロナに感染して12日間の自宅療養はきつかったとか、同性愛者だとか、アルジェリア人だとか、話題には事欠かない的存在。その様子から楽しい作品かと勝手に期待していたら、結構シリアスな作品だった。作品が始まる前に見せた彼のソロが素敵。(シェルカウイはクーポールのリハーサル室で、ヴォルカーは大広間で、そしてケルクシュは地下のホールで踊った。これまたガルニエ宮をバーチャル見学できるのがいい。)気まぐれでヒップホップをやっているのかと思ったら、6才からダンスをしているそうで、結構真面目にダンスに取り憑かれている人だ。Mehdi Kerkoucheでヒットするので、興味のある方はネットで作品を見てください。

10人のダンサーを使った作品は、ヒップホップという謳い文句だったけれど、コンテンポラリーという方が合っていると思う。まあ、ヒップホップもコンテンポラリーダンスの一部なのだが。段々と人数が増えて、動きの繰り返しをしている中にシンコペーションがあり、ミニマルダンス的に動きが変化していく。クリスタル・パイトの「ザ・シーズンズ・カノン」を思い出してしまったのだが、マスゲーム的、あるいはミニマル的なものが今の流行りなのかもしれない。群衆の中のひとり、大衆から個人への中盤、一筋の光に導かれていくというラストという構成が平凡に感じられたのは、前情報をもとにした主観的な期待を裏切られたからかもしれない。コロナ禍により、1回だけの無観客上演をネット配信することになり、「親をガルニエ宮に招待できなかったのが残念」というケルクシュ。次回の公演でぜひ実現してもらいたい。

コロナ禍ゆえか、マスクが衣装の一部になっていた。コロナは良い意味でも悪い意味でもこれまでの常識を変えるきっかけになっている。1日も早くコロナ禍が終息して、今までの日常を取り戻し、ダミアン・ジャレの作品を含めた完全版を実際に劇場で見られる日が来ることを期待したい。


「ET SI」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris


「ET SI」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris

10月にエトワールとプルミエ・ダンサーによる2演目があり、それより下のクラスのダンサーは舞台に立つ機会がないのかという疑問は払拭された。コンテンポラリーに傾くオペラ座バレエ団を懸念する声もあるが、古典はあくまで優雅に、現代作品は振り付け家の意図を汲み取って踊りこなすダンサー達を賞賛したい。この20年でパリ・オペラ座は大きく変わった。これからも更なる可能性を求めていくことだろう。(11月13日オペラ座・ガルニエ宮よりのライブ配信)

12月9日夕方6時に首相からの発表があり、コロナウイルスの感染が予想通りに減らないために12月15日からの劇場再開を3週間延長し、2021年1月7日からの再開を目指すことになった。不特定多数の人が行き交う商店は営業できるのに、公演が始まれば観客の移動がない劇場がなぜ再開できないのかと劇場関係者は憤る。舞台人にとってもこの決定は残酷なもの。芸術が売り物のフランスは重大な危機に面している。
なお、12月15日から始まる予定だったパリ・オペラ座の「ラ・バヤデール」は公演中止となり、12月13日に有料でネット配信されることになった。
放映:14時30分(フランス時間)日本との時差は+8時間、その後7日間閲覧可能。料金は11.9ユーロ。

ラ・バヤデールはこちらから


12月13日にライブ配信された「ラ・バヤデール」の第2幕で「ブロンズ・アイドル」を踊ったポール・マルクは、公演後にエトワールに任命されました。無観客のライブ配信での任命は初めてのこと。そして、新総裁アレクサンダー・ネーフ氏になって最初のエトワール誕生です。


©Svetlana Loboff / Opéra national de Paris

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