パリ・オペラ座は2021年夏に予定されていた内装工事を年内に施行することになり、残念ながらガルニエ宮は年末公演まで中止、バスティーユオペラは11月24日シモン・ストーン演出の「ラ・トラビータ」でシーズンを開幕し、オペラ「カルメン」とヌレエフ版バレエ「ラ・バヤデール」が年末の演目となる予定と発表された。すでに発表されている日程に変更が出る可能性があるが、2021年からの上演日程に変更はなさそうだ。
昨年から今年にかけての年金改革反対ストに続き、コロナウス感染拡大防止対策で劇場閉鎖となり、ほとんど公演が見られなかった1年だったが、パリ・オペラ座では規制が始まった3月からネット配信を続けている。私もこの機会を利用して、食わず嫌いのオペラの面白さを見出したのは収穫だった。
作品にもよるが、オペラには歌あり、ダンスあり、演劇ありで舞台のあちこちでいろんなことが起こっているし、演出の面白さや壮大な装置に驚くばかり。オペラは現代でいうミュージカルで、その歴史は古く、テレビもネットもない時代の最大の娯楽だったのだ。100年以上も前に作られたオペラ作品が、演出を変えて現代に受け継がれているのは、作品に普遍性があり、どの時代にも受け入れられるからだろう。多くの人々を魅了するから後世に残るわけで、コンピューターもAIもない時代の芸術家の才能に改めて敬意を評したい。

オペラ「セビリアの理髪師」©Bernard Coutant / Opéra national de Paris
さてダンスでは、クリスタル・パイト振付の「ボディ・アンド・ソウル」とアレクサンダー・エクマンの「プレイ」をネット配信で見た。2作品ともオペラ座バレエ団の大群舞を効果的に使い、「ボディ・アンド・ソウル」では群衆と個人を、「プレイ」では若手と塾年ダンサーの存在を浮き立たせた作品で、印象に深く残っている。
「ボディ・アンド・ソウル」は3部構成で、1部では語りに合わせた動きによる短いシーンが連なり、同じ台詞が異なる感情を生み出す演出が面白い。また、群衆と個人を対比させ、前作の「ザ・シーズンズ・カノン」を彷彿させる大群舞の中にスポットを当てたように個人を一瞬にして浮き立たせ、大衆の中の個は何かと問いかける。第2部ではショパンのプレリュードが流れる中で、様々なカップルを描く。1部のラストで描かれた恋人を失った女のシーンが2度登場し、時間の経過とともに変わりゆく感情が心を震わせる。3部ではアリの世界となり、けむくじゃらの怪物がロックミュージックに合わせて踊りまくる。実際に舞台を見た時にはこの成り行きに度肝を抜かれ、消化不良を起こしていたのだが、こうしてビデオで何度か見ると、現代の人間社会はアリの集団世界同様で、ヒエラルキーな社会構成は階級と貧富の差を生み出していると言う、辛辣な社会批判だったのだと改めて思った。
何度見ても毎回新しい発見があり、気になる部分が再生可能なのは利点だが、空間を感じることはできないし、ショッキングな程に浮き上がった個人の、あまりにも小さく、群衆に埋もれる存在の儚さを感じ取ることはできなかった。ダンサーのエネルギーや装置が語る空間の大きさや効果はビデオからは想像もできないほど素晴らしものだったことを思い出した。

「ボディ・アンド・ソウル」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris

「ボディ・アンド・ソウル」©Julien Benhamou / Opéra national de Paris
一方「プレイ」は、無名だったシモン・ル・ボーニュをメインにし、キャロリーヌ・オスモンの女優としての才能を見出すなど、個性を生かし、若手と熟年ダンサーの良さを引き出し、コンテンポラリーとバレエを巧妙に入り混ぜた、タイトル通りの遊び心に満ちた作品だ。若者たちが元気いっぱいに踊りまくるシーンのあとは、宇宙服や大きなスカートを付けた人が舞台を歩き、ツノを生やしたアンドロイド鹿の女性の群舞など、シュールな世界が広がる。遠目では見えなかったダンサーの表情がはっきり見えたのはビデオのおかげだ。若さ弾ける若手とは対照に、熟年カップルを演じたステファン・ブリヨンとミュリエル・ズスペルギーが素晴らしく、特にズスペルギーの円熟した踊りは高く評価されるべきで、オペラ座を引退したのちも、どこかで踊っていて欲しいと願うダンサーだ。しかし、やはり息を飲むような美術のスケールの大きさは感じられない。オーケストラピットにいるはずの演奏家たちは舞台奥の高いところに位置し、天井に吊るされた小さなキューブ型の箱は、実はダンサーを前にすれば1.5mの巨大な立方体で、ガルニエ宮の天井の高さに目を見張ったものだったが、これも感じられない。

「プレイ」©Ann Ray / Opéra national de Paris

「プレイ」©Ann Ray / Opéra national de Paris
ネット配信は便利だが、小説のあらすじを読むような感じで、流れはわかるが作品の本来の面白みは伝わらない。舞台芸術は瞬間芸術だ。同じ作品でも毎日、毎回違う。生身の人間が演じることの楽しさは、そこにいた人にしか伝わらない。それが劇場で見る醍醐味なのだ。
コロナウイルス感染拡大の影響で、世界の多くの劇場が閉鎖し、ネット配信で自宅にいながら世界中の作品が見られるのはありがたいが、とりあえず見たからそれでいいではなく、実際にその空間を肌で感じたいと思ってもらわなければ意味がない。そして、劇場の雰囲気(レストランや展示などがある劇場があるので作品を見に行くだけでは終わらないことがある)や、その日その時にしか味わえないエネルギーを感じてもらいたい。実際に見て肌で感じなくては心に残らない。
今後のパリ・オペラ座のネット配信(以下、全てフランス時間です)
アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル3作品 6月29日〜7月5日まで

アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル ©Agathe Poupeney / Opéra national de Paris
クリスタル・パイト「ボディ・アンド・ソウル」10月24日まで(フランス国内のみ)
350周年記念ガラ 7月6日〜12日まで
ロメオ・カステルッチ演出 オペラ「モーゼとアロン」7月13〜19日
バレエ「ジゼル」 8月5日まで(フランス国内のみの配信)
オペラ「優雅なインドの国々」10月9日まで(フランス国内のみの配信)
セーヌ川にかかる橋の上で、ダンサーとともにレッスンをしたい方はこちら
バレエ教師アンドレイ・クレムのレッスンを受けるのは、ユーゴ・マルシャン、シルヴィア・サン=マルタン、ポール・マルク
ピアニストはルイ・ランシアン
Le cours d'après
床やバーの状態は良くないけれど、気持ちよさそう〜
現時点で未定のテアトルドラヴィルの来シーズンを含め、情報が入り次第更新予定です。
デジタルフェスティバル・アプレ、ドゥマン
シャトレ劇場 7月2〜12日
シャトレ劇場は、ネットでフェスティバルを開催する。映画、音楽、ダンスなどを交えて、フランス時間の12時から24時まで数時間単位でプログラムが組まれている。HAIKUと名付けられたパフォーマンスが気になるところ。
7月3日にはニューヨークやブルックリンからアーティストが参加するのも見逃せない。現在進行形で今の状況を語り踊ってくれるのに期待がかかる。
アーティストのチャットも予定されている。最終日の12日20時からは麿赤兒の作品に曲を提供しているジェフ・ミルズが参加するのも見逃せない。
パリのフェスティバル Paris l'Été
7月31日〜8月2日
Temps d'Aimer ビアリッツのダンスフェスティバル
9月11日〜20日
レ・プラトー/CDCNラ・ブリケトリー
9月24日〜26日
新人発掘のフェスティバル。今年はフランス、スペイン、ノルウエー、イスラエル、アルゼンチン、日本からのアーティストが参加する。
第40回モンペリエダンス
9月19日〜12月28日
多くの夏のフェスティバルが中止を決定した中、時期をずらして開催すると公言していたモンペリエダンスは、40bis(bisとは副のこと)と称して秋の開催となった。記念すべき40回目は形を変えて念願の開催となる。通常のフェスティバルと違って1日に3本の公演を見ることはできないけれど、食指が動く演目だ。
ダンサトン(ダンスとテクノロジーの融合を競うコンクール)
11月20日〜22日
第1回目は2018年のリヨンのダンスビエンナーレ最終日に行われた。今年は規制のためにビエンナーレが来年に延期となったため、ダンサトンは独立して開催。日程は2020年11月20日〜22日ベルギーのリエージュにて行われる。ダンサー、美術、デザイナー、IT、プロデュースなどで参加興味のある人は所定の用紙にて応募のこと。選ばれた人は初日に初めましてと出会ってからいきなり3日間6人のチームを結成して作品を作り上げると言う変わり種コンクール。締め切りは8月16日
レ・ゼッテ・ド・ラ・ダンス・パリ
毎年7月に行われていたパリのフェスティバルは、今年上演するはずだった演目を来年に延期。
オランダ国立バレエ団/クリストファー・ウイルドン振付「シンデレラ」2021年7月2〜10日
英国国立バレエ団/アクラム・カーン振付「ジゼル」2021年9月6〜14日
いずれもシャトレ劇場にて
リヨン・ダンスビエンナーレ
2021年5月26〜6月16日
9月に開催予定だったビエンナーレは、来年に延期され、4千人が踊りながら街を練り歩くデフィレは5月30日。詳細は来年3月に公示予定。
リヨン・メゾン・ド・ラ・ダンス
最初の動画はディレクター自らが来シーズンの抱負を語り、ビデオとともに上演する作品を紹介している。新作はまだできていないので、前作などのビデオで解説。毎年5〜6月にかけて多くの劇場が次年度に上演する作品を紹介するイベントを催し、観客はそれを参考に前売り券を申し込むのが恒例となっているのだが、今年は劇場が閉鎖しているためにビデオ配信となった。フランスの劇場ファン人気のイベントを覗いてみたはいかがでしょう。
その少し下の小さめの絵をリックすると、年間プログラムが見られます。
シャイヨー国立ダンス劇場
10月14日からの開幕となるシャイヨー国立ダンス劇場。
各演目をクリックすると作品の抜粋などが見られる。注目は麿赤兒とフランソワ・シェニョーの新作だろう。シェニョーは男だけれど、このビデオでは惚れ惚れするほど美しい女性になっている。危険なまでの異色コンビに期待は高まる。
国際大学都市シテ劇場
9月25日のシルクで開幕する。ダンスは10月6日シモン・タンギーの「Fin et suite/終わりとそれから」が最初の演目。ネットでは数ヶ月分の演目しか発表されないので、こまめなチェックが必要。
クレテイユ・メゾン・デ・ザール
クレテイユのCCN(国立振付センター)の芸術監督は、ヒップホップダンスの第一人者ムラド・メルズキ。彼が指揮をとるヒップホップフェスティバル・カリプソは超人気だ。もちろんメル好きの公演はすぐに完売となるので、予約は早めに。
11月に伊藤郁女の新作が予定されている。
フェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ
9月5日〜2月7日
ダンス・演劇・コンサート・展示など幅広いジャンルを紹介するフェスティバル。多くの劇場と提携しているので、期間中にパリで集中してアートにハマりたい人は、ここで前売り予約をするのがおすすめ。
開幕はボリス・シャルマッツで、1月までに8作品が上演される。新作も多く、ジゼル・ヴィエンヌ、麿赤兒とフランソワ・シェニョーのデュエット、ジェローム・ベル、バルタバスなど、注目のアーティストの名前が連なる。前売り開始は8月24日。
クレルモン=フェラン市コメディ劇場
パリ並みのプログラミングをしているお気に入りの劇場。ダンスはアンジュラン・プレルジョカージュの新作「白鳥の湖」で始まる。コロナの規制で中止になったマリ=アニエス・ジロとアンドレ・マランの『マグマ」が復活する。その他、ジェームス・ティエレ、マルセイユ国立バレエ団の芸術監督になった(ラ)オルド、人形劇で異彩を放つジョアニー・ベール、そしてフランソワ・グレモーの「ジゼル」。演劇人によるダンス作品、新解釈の「ジゼル」が見られるかも。
気になるイベントスポット
「マガザン・ジェネロー」
パリの少し郊外、でもメトロで行けるパンタンにあるイベントスポット。基本的に無料で展示やパフォーマンスなどのイベントが見られる。
また、7月3日からはシャトレ劇場との提携で、アーティストとのチャットを予定している。歴史家、振付家、建築家、社会学者デザイナー、指揮者、ギャラリー経営者、編集者など幅広いジャンルの人を迎えてアートの現在と未来についてチャットする。45分ほどの映像は、SNS, シャトレ劇場およびマガザン・ジェネローの公式サイトにて配信される予定。