ユーロ・ダンス・インプレッション

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・「Sous les fleurs/花の下で」Thomas Lebrun
・「Carcaça」 Marco da Silva Ferreira
・ドキュメンタリー映画Étienne Saglio「Vers les métamorphoses」の舞台裏by Chloé Gwinner
・短編映画「Éternelle Jeunesse」Christophe Haleb
・世界どこからでもバーチャル見学 パリ・オペラ座ガルニエ宮

*速報*
・訃報 モンペリエダンスのディレクター死去

「ここはムーシェ(Muxe)なの。」

Muxe? Mixeじゃなくて?

トマ・ルブランがメキシコ南部のオアハカ(Oaxaca)渓谷にあるフチタンという小さな村で出会った人たちにインスピレーションを得て創ったという「Sous les fleurs/花の下で」。Muxeとは、オアハカの伝統文化で男性が女性を演じるという説明もあるが、多様性というか、男でも女でもないという意識を持った人たち。ゲイとかホモとかの言葉で片付けられたくないという信念が見える。彼らの意識は「男でも女でもない性別」なのだ。と、このコミュニティを作ったフェリナ・サンティアゴ・ヴァルディヴィエソは語る。彼(女)の言葉が全編を通して流れていく。

花柄のロングドレスに花の髪飾りをつけた人たちが、ゆっくりと部屋に入ってくる。カラフルな色使いがメキシコらしい。外は日差しが強いのかもしれないけれど、この部屋はやんわりと薄暗い。椅子にくつろいで腰掛けたり、さらりと会話をしたり、これといったダンスはなく、ゆったりとした時間が過ぎていく。一列になってスカートを広げる様子は一枚の絵のように美しい。少しずつドレスを脱ぎ、カラフルなスカートの裾が白くなり、やがて白に、そして上着を脱げばマッチョな体が見えてくる。彼らは確かに男だが、仕草は完璧に女性。女の私が惚れ惚れするほどにフェミナン。性転換はしていないから身体的には男で、その身体を否定するのではなく、こうしてありのまま、自分が望む姿でいられる時間は至福の時だ。

手を繋いで歩いたり、長い髪を激しく振る動きはピナ・バウシュの作品を彷彿とさせ、振付家へのオマージュも忘れない。男でいること、女でいること、そしてそのどちらでもないこと、あるいは両方であること。性別がどうのとかではなくて、彼らは自由で解放されている。ただ、家の中が薄暗いのは、彼らがマイノリティで、世間とは少し距離があることへの暗示だろうか。


©Frédéric Iovino

「親も家族も親戚も皆、私たちがムーシェだってことを知ってるわ。子供の頃から男でも女でもないと感じていたの。カップルを見ても、だから? って感じ」

「人生は一度きり。だから自分らしく生きるの。多くの人は自分の本来の姿を隠して生きているんじゃないかしら」

「同じ船に乗っているつもりで、みんな仲良く暮らせるはず。それが自然の成り行きだと思う。みんな平等で同じ権利を持っていて、でも、誰も人の人生に介入する権利はないから」

「ここには性風俗ビジネスはないの。みんなそれぞれの職業を持っていて、町で働いて、家族と暮らしている」

「男の人生を語るつもりはないし、女のことだって、私とは感じ方が違うからね。ムーシェとして、どちらも尊敬しているわ」

「自分らしく生きるべきでしょ。ここはメキシコの南の小さな村で、知名度はないけれど、みんな幸せなのよ」

これまでの作風と異なり、激しい動きがなく、ゆったりとした時が流れていく。それがなんとも美しく、穏やかで心地よい。世間がなんと言おうと自分らしく生きる彼らのパワーを伝える一方で、カラフルな壁や衣装の色にも拘らず、彼らなりの葛藤を暗に表す動きや、くすんだ空気を演出する照明が、ここが孤立した場所だということを感じさせる。ルブランらしいまとめ方だ。

黒いスーツに身を包んだ男たちが、真紅のバラを床に置いていくラストが心に残った。(3月14日クレルモン=フェラン市コメディ劇場)


©Frédéric Iovino


©José Caldeira

いやはや、とにかくダンサーたちのエネルギーには圧倒された。1時間強の上演時間の多くがステップを踏み、掛け声や奇声を発しながら飛んだり跳ねたりする動きの連続の、体当たり的なパワーは見事。

ドラムが下手に、パソコンが上手に置かれ、ドラムの乾いた音とパソコンで合成される音楽がダンサーとともに昇華していく。背中や腰に大きな穴が空いた黒のタイツ姿から、少しずつカラフルな服を付け加えながら、世界各地の民俗舞踊をベースにしたような動きが、ミニマルダンス風に少しずつ変化しながら綴られる。それは時にジプシー的だったり、輪になって踊るフォークロワダンス風だったりして、世界を旅しているような気分になる。赤いTシャツの裾を捲り上げて両手で持ち上げて2列に並べば大きな口になり、彼らの熱唱が会場に響き渡る。

「私は貧しい労働者の女」で始まる歌詞は、社会的な格差や人種差別を訴え、争い事を非難する。うわべだけの友達なんか要らない、憎しみや戦争もいらないと熱唱し、現代社会を批判する。言葉は強い。ダイレクトに伝わるが、私には安易に感じられた。身体表現だけで訴えるのは難しいが、あえてそれを求めたかったというのが本音だが、ラストの「全ての壁は崩れ去る」という文字を書き出した時に、世界平和を願う観客の熱い拍手が巻き起こり、思わず立ち上がってスタンディングオベーション。(4月4日クレルモン=フェラン市コメディ劇場)


©José Caldeira

舞台制作の現場の面白さに魅せられた若い女性の映画監督クロエ・ギナー(Chloé Gwinner)によるドキュメンタリー映画を見た。取材したのはエティエンヌ・サグリオの「Vers les métamorphoses」。

作品は人間とマリオネットによる舞台作品で、人形は裏方が手で操っているのかと思ったら、なんと全て機械仕掛け。つまり、裏方は技術者がほとんどだったのだ。

3メートルほどの大きな人形を動かすのは、袖にいるダンサー。彼の体にはたくさんの線が繋げられていて、動きがパソコンに伝わり、それが人形に連動して動くのだった。裏舞台を見なければ想像もできない仕掛けがたくさん詰まった作品なのだ。そして、このテクノロジー満杯の中で、創作者のサグリオが作るオブジェは段ボールに手書きという、なんともマニュエルなもの。このアンバランスさがなんとも言えない味を出している。

スタッフへのインタビューも興味深い。アートとは方向性が違う部門を目指していたが、たまたま手伝ったことがきっかけで舞台作品の世界にハマった人たち。主催者の空想を現実にする難しさを乗り越えての完成はこの上ない喜びとか。とはいえ、初日1時間前になっても問題続きの舞台裏。「どうにかなりますかね」という質問に、「まあ、なるようにしかならないということで」と笑って返す。舞台にアクシデントはつきものだが、それを即興でやりくりする裏方と表方。真剣だけれど、イライラしないスタッフたちの明るくも真面目な舞台裏が、舞台に伝わり、それが会場にこだまする。

公演を見逃してしまったのが悔やまれる大人向けの人形劇だ。(3月22日クレルモン=フェランla Jetéeにて)


©Benjamin Guillement

若者の今を捉えたドキュメンタリー映画を撮り続けている舞踊家のクリストフ・アレブ。

「永遠の若さ−活動する若者たちのポートレイト」と題されたイベントは、マルセイユ在住のアレブが初めて訪れたオーヴェルニュ地方の若者たちを取り上げた5本の映画の上映会。

短編映画とはいえ、トークを入れて4時間にわたるイベントは見応えがあった。


©la Zouze

踊ることが大好きな学生は暖かい日差しを浴びながら道で踊り、行き着いた先の祖母の家の前でくつろぐ。身体中にタトゥ(刺青)を入れた男は、ボクシングに励む。仕事は生活保護者への食糧倉庫での整理と運搬、仕事仲間は年配の髪の毛が真っ白な人たちばかり。ジムに通わない日は公園でトレーニング。レスリングの若手有望株は、ベオグラードからの移民だ。10年経ってフランスチームの一員として試合に出られることを誇りに思い、将来を考えて祖国を離れた両親に感謝しているという。仲間と山を駆け上り、頂上で遊びながらの取っ組み合い。こんな風景が見られるのはこの地方ならではだ。また、あるダンサーはこの地方のシンボルの山の頂上から一連の山を見下ろしながら踊り、スケートパークでバトル劇の練習をする若者二人や、クリスマス時期に設置された広場のスケート場で、あるいは大きな倉庫でクルクルと技を披露する、ローラースケートと彼女に夢中の若者、学生仲間はアパートの一室で酒を飲んだり歌ったり、仮装して街を歩いたり、ともすれば森を散歩して哲学について語ったり。ダンサーだけではないけれど、動きの多い映像は見ていて飽きない。

アレブの姿も声も現れず、若者が一人で喋る形だが、彼らの置かれた状況や考えが明確に伝わってくる。若者には彼らなりの哲学と希望と意思があるのだ。

当初の予定にはなかった一本の映画は、畜産で有名なオーヴェルニュ地方の農業学校の生徒たちを取り上げたもので、主に実地の農場での研修風景が描かれる。将来は畜産家になる学生たちは、動物をこよなく愛す。ペットの犬を撫でながらゴロリと横になってくつろぐように、彼らは藁の上で子牛を愛撫する。フランス人にフランスのおいしい肉や牛乳を提供したいと意気込みを熱く語る一方、平原を走り回り、踊り、休日には趣味のサーキットをしたりする人もいて、都会の若者と変わりがない。

アレブが初めて訪れた場所とは思えないほど、市民生活に密着し、かつこの地方ならではの美しい自然の映像が続く。特に農業学校シリーズの映像が印象深く、自然豊かなこの地方の映像が堪能できる。特に、森が途切れて忽然と広がる紫色の山肌に点在する大きな岩に横たわる若者達を、高所から捉えた映像の美しいこと! 学生達はダンサーではないのに、優美な動きが感じられる。都会のシリーズでも絵葉書になりそうな構図が次々と現れる。図書館の大きなガラス窓の外に広がる森と草原、黒いカテドラルの入り口でポーズを取る若者達、石造りの学校のテラスで踊る少女など、見ているだけで癒される。振付家の目で捉えられた映像には動きがあり、空間を意識した構図が美しい。


©la Zouze

各地の若者を取り上げた短編映画を撮り始めて約10年。この「永遠の若者」シリーズは5年目となった。今年は北京の若者も登場する。若者の今と、観光地とは程遠い風景を見たい人は、下記のURLからアクセスしてみよう。いくつかの映像はパスワードが必要だが、順次オープンになるそうで、現在パスワードなしで見られる映像も多いので、ぜひ!

https://lazouzetv.com/series/


客席©E.Bauer/Opera national de Paris

パリ・オペラ座ガルニエ宮は、宮殿のような劇場で、内装の美しさは一見の価値がある。その内部のバーチャル見学が始まっている。今や多くの美術館でもネット見学が可能だが、パリ・オペラ座ではガイドが実況で解説してくれるので、こちらからの質問にも答えてくれるというのが特徴だ。


天使の像と泉©Jean-Pierre Delagarde/Opéra national de Paris

ガイドが実際に内部を歩きながら説明するのではなく、写真による説明だが、高性能カメラで捉えた映像の鮮明なこと! 大理石の大階段や有名なシャガールの天井画はもちろんのこと、舞台奥のダンサーのウオーミングアップに使われるシャンデリアの間、地下の小さな泉などを大アップの映像でくまなく説明してくれる。豪華なグラン・フォワイエの天井画には、この劇場を建造したシャルル・ガルニエが描かれている。肉眼では探しきれなかったが、バーチャルで見ればくっきりスッキリだ。


大広間©Jean-Pierre Delagarde/Opéra national de Paris

バーチャル見学をしてから実際に訪れれば、更なる感動が深まることだろう。

バーチャル見学は下記URLから要予約 。見学料は12.5ユーロで、世界中どこからでもアクセスでき、時差を考慮して毎回時間は変わる。現在のところ水曜日と土曜日にフランス語の解説のみだが、将来は多言語によるガイドを予定しているそうだ。

https://www.manatour.fr/en/evisite-palais-garnier

(注)https://www.operadeparis.fr/en/visits/palais-garnier

上記のパリ・オペラ座の公式ホームページから入る場合は、くれぐれも現地でのガイドツアーと間違えないように。このページの下方にある「Virtual guide tour of the Palais Garnier」をクリックしてください。


大階段©Jean-Pierre Delagarde/Opéra national de Paris


©Ch.Ruiz/Montpellier Danse

モンペリエダンスの前ディレクター、ジャン=ポール・モンタナリが肺癌のため4月25日に亡くなった。享年77歳。

ドミニク・バグエが創設したモンペリエダンスの当初からプレスとして関わり、1983年から2024年までディレクターを務めた。

その間には、現在のダンス国際都市アゴラを作り、多くのアーティストのレジデンスを受け入れる一方で、地元のダンサーの育成にも力を入れた。また、夏のフェスティバルだけでなく、年間を通して公演を行うなど、モンペリエのダンスの発展に大きく貢献した。

特にフェスティバルは多彩な演目で注目を集め、世界的なフェスティバルと評された。「過去があるから現在がある」として、80年代前後の振付家へのオマージュを忘れず、再演と新作を交えた演目は毎回大きなメッセージを与えてくれた。

2023年に引退を表明したが、モンペリエ市からの要請で1年延長し、今年2025年のフェスティバルの演目まで担うことになり、昨年12月31日で引退し、6月のフェスティバルを待つばかりだった。4月10日にアゴラ国際ダンス都市の新ディレクターが発表され、それを見届けるように天に召された。

アゴラにはモンペリエダンスと国立振付センターCCNモンペリエがあり、それぞれの機関が運営していたが、今後はこの二つを統合して新たなアゴラ国際ダンス都市として出発する。そしてここを率いるのは、ジャン・ガロワ、ドミニク・エルヴュ、ピエール・マルティネズ、ホフェッシュ・シェクターの4人。

ドミニク・エルヴュは、パリのシャイヨ国立舞踊劇場、そしてリヨンのメゾン・ド・ラ・ダンスとリヨンのダンスビエンナーレのディレクター、そしてパリ・オリンピックの文化担当を務め、その手腕には定評がある。また、ホフェッシュ・シェクターは今をときめく売れっ子振付家。そこに新鋭舞踊家のジャン・ガロワ、そしてアヴィニヨンをはじめ、フランス各地の主要なダンス機関でディレクターを務めたピエール・マルティネズと、個性の強い顔ぶれに、モンペリエのダンスは新たな幕を開け、更なる発展を続けるだろうと期待されている。

6月21日から第45回モンペリエ・ダンスフェスティバルは始まる。45年以上モンペリエのダンスシーンに貢献し続けたモンタナリによる最後のフェスティバル、その場にいられなかったのは痛恨の思いだと思うが、天から見守ってくれることだろう。葬儀は4月29日に行われた。安らかな眠りにつきますよう、心からお祈りいたします。

https://www.montpellierdanse.com

     

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