ユーロ・ダンス・インプレッション

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2017−2018年の終盤6月は、打ち上げ花火のようにシーズン最後を飾る公演が続くし、フェスティバル・ジュン・イベンツやコンクールのダンス・エラルジーもあって、充実の月。夜10時頃まで明るいから、気分良く出かけられるのがいい。

久々にエルヴェ・ロブの作品を見て、時の流れを感じた。ニュートラルな体から、ひとつの流れとそれに反する流れがするすると出てくるのが小気味良くて、好きなダンサーだった。
この新作「A New Landscape」では振付家に徹して、10人の若いダンサーに振り付けている。ロブの踊りを期待している私にとって予想外だったのが、近代的な都会の映像とバイクで走る映像をバックに、軽快なポップスに合わせて若いダンサーたちが、エネルギッシュに踊っていたことだった。今までのロブとは違う、そんな印象を受けたのだが、ここに「今」という時代がある。後半にロブが踊る古い映像が流れた。1987年、女性ダンサーとのデュエットのリハーサル風景だ。ほんの少しだけ映るロブのムーブメントが懐かしい。そのノスタルジーに浸りながら、10人のダンサーを見ていると、ロブ独特の動きを残しながらも、今日多く見られるアクロバットを入れながらシャキシャキと踊る姿が眩しい。人は時代とともに変わって行く。過去を振り返ることもできるけれど、目の前には今がある。今までにない新しい風景だ。
場面は展開し、デュエット、群舞、マス的な動きや自由に移動するなど、構成は密なのだが、ある瞬間、集団の中に空白地があるのが感じられた。ロブの作品によく感じられる空白というか、虚無というか、ニュートラルな空間を見つけて、そこにロブありきと思った。 (6月7日シャイヨ国立ダンス劇場)


ⒸVincent Bosc


ⒸAlice Blangero

「Le Songe」は、シェークスピアの「真夏の夜の夢」のジャンクリストフ・マイヨ版。現実と夢がごちゃ混ぜになっての、楽しいような少し酷いようなマイヨ独特の緻密な構成と、それを完璧に踊りこなすレベルの高いダンサーたちに魅了された。
見学者のいなくなった夜の美術館で、愛の物語を展開する4体の彫刻像。愛し合うカップルと、その女を横恋慕しようと狙う男と、その男にベタ惚れの女の4人、いや4体。カップルが抱き合っていてもその間に割り込んで、女を口説こうとする情熱とは裏腹に、追いかけてくる女には見向きもせず、怒鳴り、ひっぱたく冷酷な男の態度に、会場からは笑い声が漏れる。そこに、懐中電灯を持った夜の見学者が現れたから、さあ大変。
パックの世界に紛れ込んでしまった見学者のひとりは、パックの女王の餌食となるわ、おっちょこちょいのパックは、媚薬を間違ってふりかけてしまうから、4体の彫刻の関係はぐちゃぐちゃになってしまうし、そのパックも白い妖精をナンパするわ、で、LOVEづくし。濃厚なシーンや、SMまがいのシーンもあって、なかなか官能的。
物語の面白さに加えて、ダンスの見せ場がふんだんにあり、エロスと笑いに満ちたマイヨ独特の作風に、もっと頻繁にパリ公演をしてくれないものかなあと、思わず呟いた。(6月8日シャイヨ国立ダンス劇場)


ⒸAlice Blangero

ニューヨークの若者を描いた3部構成の作品で、仲間意識と裏切りが交差する第1部は面白かったのだが、2部のチープなヒップホップ講座に笑い、その続きの3部が小品集のようになってしまい、全体的なまとまりに欠けたように感じたのが残念。フレンチテイストとアメリカンの間に微妙なズレがあるように感じた。(2018年6月18日アベス劇場)


AIM_Live! The Realest MC_Jeremy Jae Neal_Matthew Baker_Claude CJ Johnson_Photo by Julien Benhamou

毎年6月にパリ東部のヴァンセンヌの森の中にあるCNDC国立振付拡張センター・アトリエ・ド・パリで開催されるジュン・イベンツ。今年は6月2日から22日まで、30団体が参加して開催された。CNDCになってから特にプログラムが充実していて、どれもこれも見たくなってしまうのだが、シーズン終盤は公演ラッシュだし、南仏のフェスティバルは始まるしで、どうあっても全部見られず。敢えて好みの3カンパニーだけを見ることにした。

カナダのケベックが本拠地のカンパニーで、ジュン・イベンツには何度か招待されていて、私のお気に入りカンパニー。
一糸まとわぬ男女が現れ、四角いリノリウムを囲うように立った。ひとりかふたりが短い動きをして元の位置に戻る。この繰り返し。あとのふたりは、動く人を見ているだけで、表情も感情もなく、ただ動きが連なっていく。空中で椅子に座るような形でキープするリフトや、タイミングが少しでもずれたら危険に見えるアクロバット的なコンビネーションが、ただひたすら淡々と繰り返される。これを見ているうちに、ロダンの彫刻を見ているような肉体美が感じられ、力強くもしなやかな体の動きに引き込まれた。「悲しみの四重奏」というけれど、悲しみとか孤独というより、自我を持って自立した人たちが、お互いを尊重しながらも自己を主張する力強さを感じた。
クールな中に感じるエネルギーの強さに魅せられた1時間。感情を込めないために、かえってそこに存在する人の強さが感じられる。この独特な作風が好きだ。(2018年6月12日アクアリウム劇場ジュン・イベンツ)


ⒸFrédéric Iovino

良いものを見た時というのは、疲れもぶっ飛ぶ。
ストーリーもなければ、政治性もなし、派手な動きもない。それなのに、その空間にどっぷり浸かり、1時間半があっという間だった。動きの少ない作品は苦手な方なのに、グーフィンクの作品は別で、その理由をうまく説明することは出来ないのだが、今回出演した竹内梓の話を聞くと、グーフィンクの動きは、骨のすぐ横の筋肉を使うそうで、体の芯から動いているところに、動きの本質を感じるのだろうと思う。
最初の30分は、パーカッショニストの演奏がホールで。大きなドラを叩く。その非常に繊細な響きが、やがてノイズ音と重なり、劇場へ吸い込まれるように移動した。
下手のやや奥にダンサーがじっと座っている。ゆっくりと傾いて、移動したり、何人かがからまりながら上手前の方に移動する、それだけの動き。いつものことだが、さらっと踊れば3分で終わる動きを、1時間半に伸ばす。でも、ただ伸ばしたわけではないから、飽きずに観れるのだ。舞踏とはまた違う次元だし、ただのスローモーションとはまた違う。音楽のカスパー・T・トプリッツは、長年共に創作をしているだけあって、いつもと同じノイズ音と言われることがあるが、今回はパーカッショニストのディディエ・カサミタナがいるためか、いつもとはニュアンスが違うように感じ、弦を弾いてノイズ音を出していた。一方のカサミタナは、先ほどの繊細なドラのイメージを崩さず、星が瞬くような音や、太鼓を指で触ったりしながら、カスパーとは別の次元の音を出していて新鮮だった。また、その動きがダンスのように見えて、完全にこの世界を楽しみながら音を作っているのが感じられた。白いホリゾントには、水墨画のような画像が流れている。筆が動くように少しかすれた絵は少しずつ色を加えて、画面のほとんどを覆い尽くし、それは大海原か、森の木々が風に揺れ動くような画像になった。ダンサーの動きとミュージシャンの動き、そこにホリゾントの浮かんでは消えていく映像が、ひとつの世界を作り上げている。
針葉樹の枝のような映像はゆっくりと消え、漂うように動いていたダンサーもそれまでのテンポを断ち切って、スタスタと袖に入り、ミュージシャンだけが残り、ゆっくりと楽器をおいて終わった。
Évaporé、蒸発する、消えて無くなるという意味。そこにあったものが消えて、新しいものが生まれ、また消えて行く。でも、見ている側の心に何かが残る。
そこに何の物語もないのに、見入ってしまう。全く不思議な魅力を持ったミリアムの新作だった。(2018年6月14日アクアリウム劇場ジュン・イベンツ)


ⒸLaurent Pailler


ⒸLaurent Pailler


ⒸFrédéric Iovino

円熟期を迎えている振付家だ。10年以上ルブランと共に活動をしている3人のダンサーに、昨年CNDCアンジェの学校を卒業したばかりの若いダンサー1人を加えて、今まで創作してきた作品への想いを馳せながら、新たな境地を開拓すべく、創作したという。フィリップグラスの曲をよく分析して振り付けてあり、繰り返しの動きが、少しずつ増幅したり、方向を変えながら展開する。グラスの曲のように、ひとつのフレーズが少しずつ変化していき、楽章が変わると、構成も変わる。音楽を追いすぎているように見えそうだが、それが全く感じられず、好意的な印象を持ったのは、トマ独特のムーブメントだからだろう。バリバリのフレンチテイストなのだが、単純な動きの中に込められたアクセントや、独特の流れを見出したからだろう。また、長年活動を共にしてきたダンサーは、ルブランの意図を正確に、そして増幅しながら踊っていると感じた。そして何より、綿密な構成が、この作品にグイグイとひきつけられて行った理由だと思う。(2018年6月16日Théâtre de l’Aquarium/ June Events)


ⒸFrédéric Iovino

今年が5回目となったダンス・エラルジー。これは、パリのテアトル・ド・ラ・ヴィルとボリス・シャルマッツのミュゼ・ド・ラ・ダンスの共同企画にエルメス財団が助成して成り立っている振り付けコンクール。拡張するという意味を含むので、どこまでダンスの理念を膨らませるかを競うものだと思っていたが、今年はダンス作品らしいものが最終選考の18組に残っていたように思う。これを主催者のひとりに言ったら、「とんでもない! 演劇的要素が強い傾向でしたよ」とあっけなく否定されてしまったが、4年ほど前の、オブジェが動くだけの作品とか、大きな装置を持って歩くだけの作品が多かった年に比べたら、随分まともなダンス作品が多かったと思うのだが。あるいは、私自身がノンダンスに慣れてしまったからかも。
2年毎の6月中旬の週末に開催されるこのコンクール。 昨年9月から受付を開始して、60カ国400作品の応募の中から選ばれた18組が土曜日のセミファイナルで競い、翌日にファイナル10組の中から、1位、2位、3位と観客賞が選ばれる。賞金が出るし、テアトル・ド・ラ・ヴィルでの公演ができるカンパニーもある。出演条件は、10分以内で3人以上が舞台にいること、それだけ。興味のある方は、ぜひ。次回は2020年の開催予定。 

第1位(賞金15000€):KWAME ASAFO-ADJEI 「Family Honour」(イギリス)
これは誰もが納得の1位だったと思う。白いテーブルに女が座り、男が椅子を引きずりながらゆっくりと近づく。しばらく向き合ったのちに突然始まる激しい言い争い。少し離れたところで、その様子を見守っていた子供達も、激しく動き始めた。ポーズの連続のような、早くて細切れの動きが、緊張感を伴って突き刺さってくる。早い動きの合間に、一瞬の静止、そしてゆっくりと握る拳。家庭内暴力や夫婦の不和だけでなく、その環境で生活する子供の不安定な精神状態を、ほんの10分の中で完璧に描きあげていた。
動画は下記リンクでご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=SwOTTbrNPDA


「Family Honour」ⒸLaurent Philippe

第2位(賞金11000€)エルサ・シェーン「Mur/Mer(壁/海)」 (フランス/ベルギー)
ゴーという、隙間風の音とも、ノイズ音ともつかないような音が流れている。中央に横たわる人。しばらくすると、ゆっくりとした歩調で現れた人が、ホリゾントを見ながらバスタオルを敷いて、その上に寝転がった。またしばらくすると水着姿の人が、浮き輪やボールを持って出てきて、はるか遠くを眺めるようにホリゾントの方向を眺めてから横たわる。そう、ここはビーチなのだ。でも、明るい笑い声が聞こえてくるビーチではない。ただ静かに、薄暗い光の中で横たわる人たち。他人と関わらず、感情もなく、海も空も見えず、太陽の代わりにぼんやりした明かりの中で、黒い壁を見つめてから日光浴をする人たち。この壁の向こうに、かつて青い海と輝く太陽があったことを思い出しているのだろうか。いつか将来、こんな風景が当たり前になる日が来るのかもしれないと思うと、少し寒気を感じた。


「Mur/Mer(壁/海)」 ⒸLaurent Philippe

第3位(賞金7500€) ウスマン・シ「Queen Blood」(フランス)
私から見れば、普通のヒップホップダンスで、ダンスの概念を壊すような新鮮さは感じられず、なぜ新たなものを求めるこのコンクールで3位と技術スタッフ賞を受賞したのかわからない。 確かによく踊っているけれど…
動画は下記リンクでご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=29cEGlWRr4o


「Queen Blood」ⒸLaurent Philippe

観客賞(賞金1500€) JUSUNG LEE「Eye」(韓国)
白くこんもりしたものを前に立つ3人。足の動きをメインにしたコンタクトが面白い。3人だから6本の足が細かに動くのが、手品を見ているようだったし、すっとぼけたような動きもあって、微笑ましい。白い山が崩れれば、たくさんの白い球が舞台に広がり、その間を器用に足を動かして踊る様子がマンガチックで可愛かった。


「Eye」ⒸLaurent Philippe

以上が入賞者だが、それ以外の作品で印象に残ったものを少し。

ミア・ハビブ「All-a physical poem of protest」
全裸の40人がゆっくりした歩調から全速力まで、早さを変えながら、時々声を端ながら渦を巻くようにぐるぐる回るだけだが、微妙な照明の変化とミニマル的な構成にハマった。若者から老人まで、自分のペースで作品をこなすところに日常を見出して、悪くはないと思った。

クレモンティーヌ・ヴァンルベルグ、ファブリティア・ダンティーノ「Plubel」
黒いズボンを履いた女性4人が後ろ向きに立ち、シンプルな腕の動きをしながら少しずつ舞台前に進んでくる構成。シンプルな音の繰り返しと、時々ずれてはまた揃うミニマルな動き。ズボンの黒と肌の白のコントラストが織りなすムーブメントの中に、それぞれの個性が見え隠れする。角ばった動きが次第に滑らかになり、舞台前面に到達するところで終わり。おしゃれな感じで好きだった。

ナターシャ・ステック「フランス対クロアチア」
サッカーのW杯で盛り上がる中、グッドタイミングな作品。振付家自身もサッカー選手で、大好きなサッカーをダンス作品に。これが笑えた。上手の控え室に、中央には緑の芝生。ごっつい男たちが勢ぞろいして、何が始まるのかと思ったら、体を叩いて音を出しながら、ステップを踏む。その所々にサッカーの技が入る。ジャンプしながらキックしたり、ヘディングしたり。これが意表をついて大笑い。ポジション別のテクを見せ、ハーフタイムでの作戦練り直しもあって、まさにサッカー試合の臨場感たっぷり。サッカーなのにダンス。ダンスだけれどサッカー。この予想外のコンビネーションが面白かったのに、ファイナルに残れなかったのはどうしてだろう。残念。

ピエトロ・マルロ「Wreck- liste of extinct species」
巨大なクッションが舞台を駆け巡り、そこから人が現れたり消えたり。それだけでなく、そこに短い物語が見える。泣いている人、愛し合っている人、口論をしている人、倒れている人。大きな怪物に振り回される様子は、SF映画を見ているよう。それにしても、どうやってこのオブジェを動かしているのか、不思議だった。

ノガ・ゴラン「オートコピー」
ダンスの定義とは?
ダンスはこういうものだと、うんちく言う大人に疑問を持った娘が、自由に踊ればいいじゃんと一言。全くその通り。楽しそう自由に踊る子供の方がよっぽど自然体で素敵だね。

ジュリア・ヘニング、ビアンカ・マリア・レイ、ダン・アレクサンドラ・ルビン「Le Kleitoris Ballet」
別名「クリトリスのダンス」。女性の性器を模したオブジェから飛び出すピンクの人々が展開するお笑い作品。巨大なタマタマを持った人も現れての、はちゃめちゃパフォーマンス。お笑いだけれど、構成もしっかりしているし、装置も凝っていて、好きだったけれど、真面目な審査員には評価されなかったみたいだった。

予選と決選のうち、1日がかりで予選を見ることを勧めます。予想外の作品が出てきて、それはそれは面白い。これぞ! というアイディアがある人は、ぜひ応募して見てほしい。次回は2020年6月の予定。(2018年6月16日エスパス・ピエール・カルダン)

     

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