ユーロ・ダンス・インプレッション

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-Cie Tumbleweed '' The Gyre'' Théâtre de la Ville/Espace Cardin
-Marie Chouinard ''Radicale Vitalité'' Théâtre de la Ville de Paris/Espace Cardin
-Perrine Valli ''Cloud'' Théâtre des Abbesses
-Opéra national de Paris ''Mats Ek'' Le Palais Garnier
-Natacha Balet / Cie ''Tournicotti ''A-Cran'' Maison des arts de Créteil
-Camille Boitel ''Fissure'' Théâtre de la Cité Internationale
-James Thierrée ''Room'' La Comédie de Clermont-Ferrand

公演情報など
-Lyon Maison de la danse
・Nomination du nouveau directeur
・Programmation de la saison 22/23


©Flurin Bertschinger

アンジェラ・ラバリオとミカエル・フロレンツのデュエット「The Gyre」は、まさにタイトル通りの「環流」だった。

ピンポン玉が弾むような音とシャーという軽いノイス音が暗闇の中に響いている。かなり時間が経った頃にうっすらと見え始めた人影。男女が正面向きのまま左右に位置を変えながら回っている。微妙に速さと方向を変え、やがてワルツのリズムを刻み、上体が傾き、それから手が動く。相手の顔に触れ、寄りかかるようにしながらの連星運動が続く。少し速くなったりスピードを落としながら、この動きが延々と続くのかと思った矢先に女が倒れ、男が後ろ向きで止まった。今度はいきなり男が倒れて女が立ち上がる。そしてまたゆっくりと足が動いて女が倒れ男が立ち上がる。永遠の8の字を描くかのような円運動から縦と横の一直線の構図。典型的なミニマルダンスだが、変化の付け方に新しさを感じた。

この作品は、カンパニーを設立後の最初の作品で、長い年月をかけて熟成された。タンブルウィードというカンパニーの名は、訳せば「回転草」。作品名は「環流」。自然体のまま流れ、さまようイメージが彼らと重なる。今後どこへ流れ着き、新たなものを生み出してくれるのかが楽しみなカンパニーだ。(5月6日テアトル・ド・ラ・ヴィル/エスパス・カルダン・スタジオ)


©Sylvie-Ann Paré

なーんだ、古い作品の抜粋か、と思ってはいけない。抜粋を再構築して全く新しいものに作り替えている。キッチュでユーモアと皮肉がたっぷり。シュイナールの毒舌を楽しみたい人には是非と勧めたい。

これまでの作品を振り返って、10作品ほどの中から18場面を抜粋して、ソロやデュエットで再構築した小品集は、マンガチックで真面目で笑えて、まさに過激な活力を見出した感じ。劇場のホームページで見られるビデオとは内容が違っているところを見ると、いくつかバージョンがあるのかも。プログラムには作品の長さが秒単位まで明記されていて、一番長いシーンは13分22秒で、最も短いのが37秒、平均して2〜3分のシーンが多い。実写された映像がホリゾントいっぱいに映し出されて、不思議な形を作る4つの手。映像と実際に演じるダンサーのふたつを見比べるのも面白い。また、ここまで顔の皮膚が動くとは! と信じがたいほどに顔を変形させる女は美人が台無しだ。女に飛びつかれてキスされまくりの男の叫びや、トウシューズを履いた女をサポートする小柄な男のシーンは、ラララ・ヒューマンステップスの真似事みたいだし、老人や赤ん坊の面をつけたシーンは笑えるけれど、何か不気味なものさえ感じる。もちろん真面目なダンスもあるし、笑わせるシーンでもダンサーのレベルの高さははっきりとわかる。一発芸的ではあるけれど、そこをちゃんと芸術のレベルにしたところはさすがだ。シュイナーの笑いの感覚、好きだなあ(5月7日テアトル・ド・ラ・ヴィル/エスパス・カルダン)


©Sylvie-Ann Paré


©Gregory Batardon

足を大きく開いて体をかがめていた女が、ゆっくりと上体を起こし、顔の前で交差した腕が開いた時、その姿が十字架にかけられたキリスト像に重なったのは偶然だろうか。

未来について語るファブリス・メルキオの台本「クラウド」が流れる。「未来について話し合ったことがありますか?」「苦痛はまだ続いていますか」「薬を飲んでいますか」「どんな遊びが好きですか」

「君は12歳。君の顔は汚れのかけらもないダイヤモンドそのものだ。でもそれはどこからきているのだろう。生と死。地球が滅亡する日は来るのだろうか。誰が破壊する?」

現代の子供たちの姿がここにある。液晶画面の前に座り、ヘッドホーンで音楽を聴き、他と交わらず、かといって何かあれば群衆に混ざって個を隠す。暗闇にヘッドホンのライトが動くのが不気味に見える。そしていとも簡単に人を殺す。彼らの心は荒んでいるのだろうか。

倒れている子供は、夢の中で天から降りてきた男に小さな灯りをもらう。それによって彼女は生き返るのだ。子供たちに押し付けるのではなく、自由に自主性を持って前に進むように導き、愛を注ぐ。それが最も必要なことなのではないだろうか。

最後に子供が語る、「空を見上げれば、それは青と白で、未来は電波だらけだけれど、きっと素晴らしい世界が広がっている」

ペリーヌ・ヴァリは、子供たちが日進月歩のテクノロジーをどう受け止めているかについて考え、今から50年後のことをイメージしてこの作品を創ったという。「大人が子供を育てるということを忘れてはならない。ウクライナでの戦争が起こっており、なぜ人を殺すのかということを問いたださなくてはならない。トリフォーが「子供にネオナチ、テロリストやファシストはいないけれど、ネオナチ、テロリストやファシストになる要素の人はいる(子供enfantという言葉をかけて)と言ったのが思い出されます」

世界をよくするためには、大人が見本を示さなくてはならないのだというメッセージが強く残った。(5月8日アベス劇場)


©Gregory Batardon

マッツ・エックは何年か前の引退時に、全ての作品の上演許可を取りやめると言ったけれど、こうしてまだ作品が見られることに感謝したい。今回は、「カルメン」、「アナザー・プレイス」、「ボレロ」のトリプルビル。初演時とはニュアンスが変わっているかもしれないけれど、ダンサーが変われば当たり前のことで、それは作品が生きている証拠。とはいえ、少しずつエック調が薄れていくことが寂しく感じられたけれど…

まず最初が「カルメン」で、配役はカルメン、ドン・ホセ、M、エスカミーヨ、ジプシーの順に、マリーヌ・ガニオ、ユーゴ・マルシャン、オニール八菜、フロリアン・マニュネ、アドリアン・クーヴェの組と、レティツィア・ガロニ、シモン・ル・ボルニュ、イダ・ヴィキンコスキ、フロロン・メラック、タケル・コストで、このうちガニオ、マルシャン組を所見。

小柄なマリーヌ・ガニオと大きなユーゴ・マルシャンの組み合わせは悪くない。ガニオはよく踊っていたけれど、フェロモンを振り撒くような妖艶さやカリスマ性はなく、ちょっと地味。マルシャンはいつも通りそつなく完璧に役をこなしている。見る方として安心して作品に入り込めるのは重要なことだ。エスカミーリョのフロリアン・マニュネは、最初に金色の衣装で登場した時には、いかにも伊達男で笑えたのだが、マタドールのピンクの衣装になってからはいまいち色気に欠け、カルメンとの出会いや駆け引きもサラリと終わってしまった。また、ドン・ホセとの戦いも何だか呆気なく殺された感じで印象が薄かった。3年前に見た時は、マニュネがドン・ホセ、エスカミーリョがマルシャンで、牛のことしか頭にないようなエスカミーヨとカルメン一辺倒のホセの対比が面白かったのだが…。Mはエック版で登場する人物で、ホセを愛する妻という設定。これをオニール八菜が踊った。前回見たミュリエル・ズスペルギーのように母性愛でホセを包み込むような優しさではなく、心が離れていくホセを悲しむ妻という印象だった。隊長が殺され、その死体を前に嘆く女(シャルロット・ランソン)は素晴らしく、振り付けの良さが際立った。前回はオニール八菜が踊り、感動したのを記憶している。ジプジー仲間のアドリアン・クーヴェも前回同様よく踊っていた。

全体的によく踊れているものの、前回受けたような感動に欠けた感がある。エックの作品を踊りこなすのは至難の業なのかもしれない。


「カルメン」©Ann Ray/Opera national de Paris

3本のうち最も印象に残ったのは「アナザー・プレイス」だった。前回はオレリー・デュポンとステファン・ビュリヨン版を見たが、今回はリュドミラ・パリエロで、デュポンとは異なる印象を持った。パリエロはエックの動きを十分にこなし、素晴らしかった。ビュリヨンはさらに円熟味を増した感がした。彼はこの演目で6月4日にアデューとなる。

デュポンの時には、長年連れ添ったカップルが少しずつ壊れていくような印象を持ったのだが、今回はお互いを必要とするカップルが、予期せぬ出来事で別れるという印象だった。

服を整え、メガネを拭き、子供のように無邪気に飛びつく。少し離れてしまう時があっても、また戻ってきて手を繋ぐ。「あなたがこうなら、私はこうよ」「うん、いいんじゃない」そんな会話が聞こえてくるようだった。舞台後方の幕が開き、シャンデリアのあるホワイエが見えた時、その美しさに感動して飛び込むふたり。でもここは私たちの居場所ではないねと、机に並んで座ってホワイエを眺める後ろ姿は、仲睦まじいカップルだ。それが、スタッフに促されて、それぞれ別の方向に未練なく去っていく。まるでそれまでのことも相手のこともが存在しなかったかのように。お互いが愛し合っていても、必要とし合っていても、別れる時はくる。ポツンと置かれた机がガタガタと震えている。残されたものの方が行き場を失い、悲しみに暮れるかのようだった。


「アナザー・プレイス」©Ann Ray/Opera national de Paris

作品の途中で、ふたりが休憩するかのように踊りをやめる場面がある。するとピアノの音が会場を包んだ。ふたりがくつろいで音楽を聴き、私たちもピアノの音色に酔う。作品はダンスだけではない、ここにはピアニストがいる。そのシーンの美しさを引き立てることを忘れないエックの演出が素晴らしい。そしてこの作品はそのまま「ボレロ」へとつながる。

スタッフが出てきて舞台転換。ビュリヨンが落ちたマットレスを引き上げ、オケピットに演奏者が入り、ダンサーたちがウォーミングアップする。でもそこに白いスーツの年配者(今回はニクラス・エックではなくYvan Auzely)がバケツを持って現れる。彼は周りで何が起ころうとも、ひたすらバケツに入った水を運んでは大きなタライに水を注ぎ入れる。オーケストラの音の調整が終わって、ダンサーが一塊になって位置に着くと、何じゃ? という顔をしてダンサーたちを見る老人。集団になって動いていたダンサーたちはバラバラになり、小グループあるいはソロでの短い踊りが横切っていく。ここにもいくつかのドラマがある。葛藤、愛、友情などの日常風景がサクサクと流れていく。横に流れる動きの上から降りてくるオブジェ。縦と横の構成だ。淡々と水を汲む老人を馬鹿にするかのように、若者たちは彼を担いで舞台から出してしまうけれど、老人は再び戻って水を汲み入れる。若者になど負けていられない。我が道をいくのだとばかりに、老人がタライに勢いよく飛び込んで終わるのだが、大きくて見事な水飛沫に会場からは歓声が上がった。ボレロの高揚する音楽と昇華するダンサーの動き、そしてやり遂げた水汲みに飛び込むラスト。真面目にユーモアたっぷりのエックのボレロ。好きだなあ。


「ボレロ」©Ann Ray/Opera national de Paris

確かにエックではなく、パリ・オペラ座のエックだったが、それでもエックの作品はいつまでも何度でも見たいと思う。(5月9日パリ・オペラ座ガルニエ宮)

大小のスクリーンがいくつもある。そして1台のノートパソコン。ひとつのスクリーンに映し出された女の姿が、影絵となった姿と重なった。映像は拡大されて舞台に大きく広がっていくと、あちこちのスクリーンに人が現れた。男もいる。踊っているものもあれば、ただゆっくりと横に揺れているものもある。ゆったりした低い音と、高音の速いメロディがそのイメージ通りに広がっている。スクリーンが上に飛ぶと、女のソロが始まった。斜めの直線を行ったり来たりするだけの動きだけれど、その速い動きの正確さから、身体能力の高いダンサーだと感じた。男が髪の毛をぬき、相手の髪の毛をも抜き始めた。携帯電話で映し出すふたりの顔のアップがスクリーンに映し出される。アプリで顔を変形したふたりの画像があちこちに。スクリーンは色とりどりに光を帯びてカラフルにもなる。100%ニュメリックな世界だ。でも、スクリーンの上げ下げや、小道具の出し入れは自力で手動というマニュアル部分が残っていて、公演は自分たちでその場で作り上げる感がいい。そしてまた髪の毛を抜き始めた。本当に髪の毛が抜けているから心配になる。これを続けたら禿げるんじゃないかと。

小刻みに振動する女をスポットで照らす男。ふたりは走り、倒し、引き上げ、激しく動く。そんなフィジカルなふたりは、最後にスクリーンの屋根の下で座って向かい合う。流れる曲はショパンのノクチューン。IT技術はすごいけれど、人が奏でる音楽を聴きながら、のんびりとすることも大切。ホッとするラストが好きだった。

独特のムーブメントをするバレの動きがよかったし、相棒のバプティスト・クレインは実は映像や音楽の裏方なのだが今回は出演することになったという。公演後のトークで「ダンスは疲れる」と言っていたのには笑いが起こったが、裏方とは思えない身の軽い演技と存在感に感心する。これがふたりで作る2作目で、最初の作品は3歳から大人まで楽しめるの作品だったとか。次は1歳児からか、あるいは大人向けの作品か、今後も注目したいカンパニー。(5月11日MACクレテイユ・メゾン・デ・ザール)


©Patrick Berger

いやはや、日常生活は危険と隣合わせ。物は倒れてくるし、上から物が落ちてくるし、床が抜けて自分が落ちるし…。しかも見知らぬ人まで自分の人生に介入してくる。そんな経験のある方にはぜひ見てもらいたい。身につまされながらも笑ってしまう。ここまで来たら運が悪いと諦めるしかないのかも。

立つのがやっとと思われるほど傾斜のついた八百屋舞台に仁王立ちの人。真っ赤なカツラをつけ、ダボっとした服は歌舞伎か、あるいは西洋のおばさんか。さてこれから何かが始まるのかと思ったらバターン! 家具が倒れて下敷きに。のっけからアクシデントで始まった。椅子に座ろうとすれば足が折れ、机は壊れ、床が抜ける。家具の扉を開ければ見知らぬ人がそこにいる。オカルトか? 蓄音機からはヨレヨレと音楽が流れ、ワインを飲みたくても栓が抜けない。やっと抜けたらワイン3本一気飲みとはすごい! 本人の後ろに垂れ流しにしているのかと思ったら、正面向いて飲み始め、ゴクゴクと喉に流し込んでいる。本物のワインではないと思うけれど、これだけの勢いで液体を飲む人を初めて見た。

まあとにかく、小気味良いほど物が壊れるのだ。天井まで届くかと思われるほどの長いアームのついたスポットが、上手から下手へと弧を描くのは、日の出から日の入りまでの1日と考えれば、毎日何かしらの危険に見舞われていることになる。やっぱり保険に入っておいた方が良いのかもしれないなどと余計なことを思いながら見ていたのだが、前回見た「間(Ma, Aïda)」ほどの衝撃がなかったのは、舞台転換や美術の変化が少なかったからだろうか。(5月12日Théâtre de la Cité International)


©L’immédiat

気狂いじみた作品を創りたかったというティエレ。確かにカオチック。静けさのかけらもなく、次から次へと変わる状況を理解するのに、こちらの脳みそもフル回転。何がどうなってるの? と数えきれないほどの舞台転換とサプライズの中、役柄がコロコロと変わり、音楽、ダンス、芝居にアクロバットが入り混じる。気狂いじみた演出家を演じるティエレの天才的な芸術の感性と技能に脱帽。ここにはティエレの全てがある。

やたらとでかい声で舞台装置の打ち合わせをする人の横で、ティエレがわさわさと踊り、多くの人が出たり入ったり。ティエレは演出家で、舞台作りの真っ最中。出演者やスタッフに指示を出しているけれど、思いつきのアイディアに振り回される出演者たち。でも彼らもどこかすっ飛んでる。類は友を呼ぶなのか、突拍子もない指示に、想定外の行動で答えるから、まとまるわけがない。ひとりまともに見えた秘書もやっぱり変わってる。奇妙な連中だけれど、どの役者も多才で、歌っていたかと思うと演奏し、今度は踊って演技をする。出演者全員がなんでもできちゃう多才なアーティストで、出演は10人なのに、その倍の人が舞台にいる感じがする。しかも壁が動くし倒れるし、床も動いて舞台構成がひっきりなしに変わっていく。オブジェもいっぱい。それを動かすのが役者と裏方で、ひとり何役もこなしている。次々にアイディアが飛び出して、舞台全体が玉手箱。出演者の才能も玉手箱、あちこちでいろんなことが起こっているし、次に何が起こるかさっぱり予想がつかない。それにしてもティエレの多才ぶりには脱帽だ。演出家、振付家、ダンサー、役者、ミュージシャン。ピアノもバイオリンもなかなかの腕前で、彼の全てを見た感じ。

2時間弱の笑いと驚きのマジックワールドは、今年1月に初演された最新作。まだパリでは上演されていないけれど、来シーズンの可能性あり。お楽しみに!(5月20日クレルモン=フェラン・コメディ劇場)


©Richard Haughton

リヨン・メゾン・ド・ラ・ダンスのディレクター、及びリヨン・ビエンナーレの共同ディレクターが、ドミニク・エルヴュからティアゴ・ゲデスに引き継がれる。ゲデスは2014年からポルトガルのポルト市民劇場の芸術監督をしており、今年7月から引き継ぎを行い、9月1日から正式に就任する。


©Rui Oliveira

リヨン・メゾン・ド・ラ・ダンスの2022〜2023年演目

ダンスを知り尽くしたドミニク・エルヴュ最後のプログラミングは、非常に充実している。

どれをとっても食指をそそるが、簡単に。

開幕はアンジュラン・プレルジョカージュの新作「ミトロジー」。ボルドー・オペラ座バレエ団から10人、バレエ・プレルジョカージュからも10人のダンサーを選出し、今年7月1日にボルドーグランド劇場で世界初演される作品。この創作のために4年前からボルドー・オペラ座バレエ団と連携を組んだという力の入れようで、新旧の神話をもとに、ダフト・パンクの設立メンバーのトーマ・バンガルテルに作曲を依頼したというから、斬新な作品に仕上がっているのではないかと期待が高まる。

その後も好評を得た作品や注目の新鋭振付家の名前が連なっている。どれもお薦めだが、すでに所見した作品とその批評を記すので、参考にしてみてください。

前回(2021年)のビエンナーレで好評を得たブリゲル・ジョカとラフ・Rubberlegz・ヤシットと、フローラ・デトラ(ページはこちら)、昨年のアヴィニヨン・インで所見したヤン・マルテンスとマギー・マラン(ページはこちら)、ジャンヌ・ガロワ(ページはこちら)、ボリス・シャルマッツ、マランダン・ビアリッツバレエ団(ページはこちら)、ワン・ラミレズ(ページはこちら)の作品はどれも強く印象に残っている。

Via Katlehong の「Via Injabulo」とアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの「ミステリーソナタ/フォー・ローザ」は今年のアヴィニヨン・インで上演される。

その他、グレゴリー・マコマ、ラシド・ウラムダン(現シャイヨー国立舞踊劇場の芸術監督、振付家)、コンテンポラリーフラメンコのロシオ・モリーナは今秋も斬新な踊りを見せてくれるだろう。活発な活動を展開しているマルセイユ国立バレエ団、笑いたいならシルヴィア・グリバウディ、何度見てもパンチを喰らうホフェッシュ・シェクターにアクラム・カーン。ユヴァル・ピックのカンパニーで活躍中の小林円香は、今回も元気をくれそうだ(公演紹介ビデオ必見!)。また、トゥールーズのバレエ・ドュ・キャピトルの芸術監督として精力的に作品を創り続ける、もとパリ・オペラ座エトワールのカデル・ベラルビがビデオに登場。少し丸くなった感じだけれど、とても良い顔をしている。その他、どの作品もお薦めで、解説をしたらキリがなさそうなので、あとは劇場ホームページのビデオを見て、皆さんで判断してください。

リヨンにはパリからTGVで2時間。急行列車やOUIGOで5時間かければ、TGVの半額くらいで行ける。バスなら6時間で深夜バスもある。時間とお金とどっちが大切かはそれぞれの判断だけれど、パリ以外の都市にも秀作を上演する劇場はあるということを言いたかった。リヨンはパリに比べて街が綺麗。建物も素敵だし、ゴミが散乱していることもほとんどないから、清潔好きの日本人には合っているのではないかと思う。勿論場所にもよるけれど。

というわけで、お薦めリヨンのメゾン・ド・ラ・ダンスの来シーズンの演目紹介でした。ページはこちら。

     

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